2017年11月23日

Sala 取材、但馬から播磨をめぐる

ずーっと連載を続けている歴史民俗誌「Sala」の新しい原稿は「播磨の中世武家と家紋」、ということで、宍粟郡の中世武家、安積氏、田路氏、中村氏にゆかりがあるであろう家々の墓地を訪ねて但馬から播磨北部で家紋探索。まずは但馬朝来で安積家の家紋を採取。

01-23795541_1416750285090213_2000896517338722185_n.jpg
和田山町桑原、和田山の安積家

02-23795922_1416750281756880_6713349279128297091_n.jpg
和田山町桑原、和田山の安積家

03-23722741_1416750291756879_1458225715091687449_n.jpg
朝来市老波の安積家

田路氏、但馬朝来から発祥した千葉氏族。国境を挟んで播磨宍粟でも活躍、発祥の但馬朝来の田路谷側に名字は残ってないが「田路」から転じたという「藤次」姓がある。今日の目的の一つは藤次さんの家紋の探索、想定では「九曜」紋だったがガッツリ裏切られてしまった。家紋の変遷、なかなか単純な図式とはいかない、残念 (〃ω〃)

23754673_1270441466395246_4383115774006555180_n.jpg


朝来から播磨を抜け、倉敷・岡山まで通じる429号線で山越え。途中、神子畑選鉱所、家原遺跡公園に寄り道しながら波賀に到着。

04-23755818_1416927245072517_4969512235850159045_n.jpg

05-23795465_1416927338405841_5344092583822398027_n.jpg

06-23755076_1416927315072510_5119165476464231138_n.jpg

07-23722781_1416927371739171_3114784048481645162_n.jpg

波賀城主中村氏の墓所を城下有賀で発見、逸る心で家紋を見ると「三つ巴」紋がズラリ、古い五輪塔もある。播磨中村氏の家紋は「三つ巴」かな?と思ったところが、一基新しい墓に「違い鷹羽に弦巻」紋、墓石には「武蔵国秩父丹党」とある。

09-23843523_1270330889739637_9190285766006773038_n.jpg

10-23755754_1270331346406258_2523805375272753492_n.jpg

11-23795068_1270331276406265_6611206474389934941_n.jpg

確かに見聞諸家紋にもあるものだが、果たして播磨中村氏の家紋はいずれのものなのか?整備された墓所の一角には江戸期の五輪塔か?宝篋印塔の九輪もあり、播磨中村家にゆかりがあることは間違いなさそうだが・・・?

12-23754867_1270331369739589_4132350384084639397_n.jpg

13-23755233_1270331406406252_3934620764487462305_n.jpg

08-23755067_1416927468405828_1997274085851366142_n.jpg

墓所の近くをそぞろ歩くと、有賀中村家が管理されているという中世五輪塔群。なかなかに古いものばかりである。しかし、残念ながら家紋はない。とはいえ、「三つ巴」と「鷹羽に弦巻」の家紋と出会えたのは、おおきな成果であった。
posted by うさくま at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/182391769

この記事へのトラックバック