2017年12月09日

亡母の一周忌で帰省、ついでに家紋調査

一年、経つのが本当に早い。母が鬼籍に入ったのが昨年の十二月七日、一周忌はどうするのか?と確認したところ七日にお参りしてもらうという。一周忌ならばキッチリと法要するものと思い、土曜日あたりかな?と思っていたが平日の七日とは! 流石に兄といおうか堅すぎるへんか〜、しかも田舎だけですますとは!
ともあれ、一周忌を放っておくわけにもいかない、アマの姉と連絡を取り合って参りに帰ろうということになったのだ。

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心配していた積雪もなく、中国道を田舎に走った。せっかく田舎に帰ることでもあり、お参りついでに山崎藩城下町の寺町で家紋ウォッチ。宍粟藩主池田家ゆかりの興国禅寺の墓地に丹党中村家の墓石、住職さんにお聞きすると波賀城主の末裔と称されているとのこと。探していた安積家の墓石は、お寺の墓地には営まれていないとの住職さん談(残念)。

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武蔵国丹党 中村家

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丹治党 中村家


仏壇とお墓に一周忌のお参りをしたあと、早めに実家を出て、一宮町安積にある安積さんの菩提寺を訪問。



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見事な石垣が歴史を感じさせるものの、荒れたたたずまいなのお寺である。秋の台風で破損を受けたのだろう、修繕工事が行われている。山側を見ると古い墓石が見える、登ってみるとズバリ安積氏のものであった。安積氏の通字である「盛」を用いた名乗りが彫られている墓石には残念ながら家紋は見当たらない。

庫裏に戻ると、テレビの音声が聞こえるような、無住と思っていたが住職さんはいらっしゃるようだ。声をかけたが反応はない、お墓を確認できただけで「よし」としてお寺あとにした。

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安曇氏の館跡、土塁と横堀跡か?


今日の帰省で、Salaで取り上げた安積氏の家紋は、もやっとしたところはあるものの「琴柱」でいこうと思いきわめた。一宮で家紋調査をできたのも亡き母のお陰といえそうだ。かくして、宵闇が漂いだした一宮から、粟賀を経て山南町、篠山へと帰っていったのだった。

posted by うさくま at 13:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋
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