2017年11月12日

青垣町で家紋ウォッチ

先達役を終え、一旦帰宅、墓ウォッチに出動。今日は、日本海の塩が運ばれてきたことが由来するという「塩久」地区の墓を訪ねて紋をウォッチした。先日訪ねた東芦田地区とは、小室城跡が残る山をはさんだ西方の谷筋の集落だ。

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東芦田地区は芦田姓が多数派で、多くが「三つ雁」紋だった。塩久地区では三ヶ所の墓所を歩き、49基の墓紋を実見した。そのうち、実に48基が足立さんで、46基が「五本骨扇」「と「三つ扇」紋。足立さん率98%!家紋も「扇」が96%!という集落であった。

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先日訪ねた青垣一帯は、中世、足立氏、芦田氏が割拠したところだけに足立さん、芦田さんが多いのもむべなるかなだ。家紋は足立姓が「扇(五本骨扇と三つ扇)」「酢漿草」、芦田姓が「三つ雁」「二つ引」、いずれも定番のものであった。

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京丹波の美山では同姓の墓所は名字ではなく先祖の名前が墓石に彫られていたが、兵庫丹波の青垣では名字が彫られている。家々は屋号で呼び合っているのだろうか?気になるところだ。蛇足ながら、わずか一軒あった荻野さん、家紋は「五本骨扇」であった。

ついで、塩久谷の北西に位置する沢野集落の墓を訪ね、家紋をウォッチ。こちらは古川、田村、西田さんら、足立姓、芦田姓はまったくなく、名字と家紋の統一性もない、いわゆるよくある村墓地であった。オーソドックスな家紋ぞろいのなかで、目に留まったのは「八つ藤」「九条藤」紋、おそらく明治以降に本願寺ゆかりの紋を採用された浄土真宗の檀家さんであろう。

足立さんだらけだった塩久集落からちょっと移動すると、名字の分布がコロッと変わる、これも田舎ぶりということか。

posted by うさくま at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋
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