2017年10月09日

綾部、甲ヶ峰城跡&山家陣屋跡を歩く

三連休も三日目。

今日は、来月のはじめに予定されている綾部の山城見学会の案内役下見で山家に遠征。

目的の山城は和久氏が拠ったという甲ヶ峰城跡、七年前に登って以来の再訪。もっとも、山家地域には色んなご縁があり何度も訪問、登山口にあたる山家陣屋へは折々に訪ねている。山家陣屋は、江戸時代を通じて山家一万石を領した谷氏の政治の中心であり、現在は谷氏を祀る谷霊神社が鎮座している。陣屋跡の隅に車を停め、山麓の式内社・伊也神社の石段がそのまま甲ヶ峰城跡へと続いて行く。

22279707_1718489604888216_5279471320881000461_n.jpg


明確な尾根筋の山道を登っていくと(途中、倒木を払いながら)、城址西方を防御する八の字型に掘られた堀切に到達する。

22365439_1718394544897722_8336553630522426510_n.jpg

22279408_1718394624897714_1198510328641652091_n.jpg


堀切を越え、斜面を巻くように登ると腰曲輪、主郭の切岸に沿うように城道が続く。左手の斜面には竪堀が二条落とされ主郭虎口を防御している。虎口を入った主郭は低い段構で西の二の丸、東の本丸の二区画に区切られ、東端部に土塁が築かれている。

南側は帯曲輪が取り巻き、主郭とは登り土塁でつながれ、高い切岸が防御性を高めている・帯曲輪の南斜面は急斜面、南西部の細尾根は小さな曲輪で防御する、そして、主郭から東へと続く尾根は深い堀切でカット。規模そのものは大きくないが、山城としての見どころは多く、遺構の残存度も高かった。印象としては城跡の南方を通る街道を意識した備えであり、規模からみて城館と呼ぶのがふさわしいものであった。


22279896_1718394631564380_8203699038416121930_n.jpg

22279887_1718394771564366_4728685028754813202_n.jpg

1009_image2.JPG


堀切を越えた東尾根の先には照福寺が設けられ、この寺のことが原因となって和久氏は明智光秀に攻められ滅亡したという。堀切を越え、東尾根を経て照福寺までの間に存在する小ピークに山城と思しき遺構はない。実際に歩いてみて東方への備えを考えた場合、照福寺の存在は光秀が糾弾したように城砦としての機能を持った遺構であったと思われる。


22366756_1718395044897672_4811810945308476019_n.jpg

22228393_1718395061564337_5127396987191005963_n.jpg


和久氏がどのような勢力であったのか、甲ヶ峰城跡がどのように機能していのかは不明点が多いが、但馬・丹波における要地を押える城館であったことは間違いないといえそうだ。


1009_image1.JPG

甲ヶ峰城跡を下山したのち軽く腹ごしらえをすまし、山家陣屋の徹底探索に乗り出した。陣屋跡より西方に下ると、高い切岸、横堀、土塁が陣屋を防御している。西方にも曲輪か?と思わせる平場があるが果たして城の一部だったのかどうか?

土塁を乗り越えて行くと、陣屋跡の高い切岸に積まれた二段の石垣が見える。近づいてみると野面積みであろう石垣である、覆う草を切り払えば素晴らしい光景が現出すること必定である。ともあれ、城址は全体的に荒れ気味で、夏場ならダニ・ヘビを想像して足を踏み込むのを躊躇う状態だ。


1009_image3.JPG

22366523_1718450761558767_8115297757128656319_n.jpg



一旦、陣屋跡に戻り、北方に残る石垣と横堀を観察。以前、生い茂っていた竹薮が切り払われ、見えにくかった石垣もバッチリ見える。横堀は土塁で二条に分かれ、陣屋跡の北から西へ回り込み、先の横堀と繋がることになる。


22366695_1718450921558751_4463982759583952128_n.jpg

22279465_1718450878225422_1881610143556250805_n.jpg


はじめて来たとき以来、竹薮と雑草に遮られてジックリ見るのを敬遠していた。今回、雑草を掻き分けながら周囲を歩いてみて、軽く見ていた山家陣屋の城としての結構を見直したことだった。ただ、切岸の石垣を覆う草、土塁・横堀を覆う薮、陣屋跡の北側曲輪部の竹薮を整備されれば、見違える城郭跡が現れるのにと思われ惜しまれた。


22308870_1718450911558752_886605423567413238_n.jpg

1009_image4.JPG


甲ヶ峰城跡&山家陣屋跡、久しぶりにジックリ歩いてみて見逃しの多かったことに気づかされた。とくに、山家陣屋跡は幾許かの整備がされたせいもあろうが、想像以上に見ごたえのある城館跡であることに気づかされた、眼福であった。


posted by うさくま at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 丹波の山城
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/181245287

この記事へのトラックバック