2017年10月01日

丹波木津城の大手道を探る

先週、戦国倶楽部の面々で汗を流した丹波木津城跡。なんとなく気にかかるところがあって、相方を誘って登ってきた。気になっているのは、竪堀の中途半端な整備と主郭部の羊歯の伐採、それと、本来の大手と思われる南の堀切から延びる尾根筋の探査であった。

いつになくバテバテ状態で城址に登りつき、しばし小休止。まず、竪堀あたりの整備に取り掛かった。先日、切りっ放した雑木を取り除き、新たに購入した熊手を使って落ち葉を掻く。思い描いていたいい感じの竪堀が出てきた。

ついで、主郭部のシダ類を刈り払い、潅木を伐採、ここも熊手で落ち葉を掻いた。まだまだ、雑木が茂っているものの、見学には差し障りのない状態にはなったかな。もう一回、予定されえいる整備作業を終えれば、「よし!」とえる山城跡になりそうだ。

22104326_1373304136101495_3350047694586378721_o.jpg 竪堀

22089423_1373304129434829_526055369724672114_n.jpg 切岸

22046656_1373304126101496_8236551268249359819_n.jpg 横堀

作業を終えた後、本来の大手道であっただろう堀切から伸びる尾根筋を下った。はじめはシダが生い茂るなkにボンヤリ道らしきものがあり、下って行くと土取り場状の地形。ここまでは昔も来たところで、今日はその向うへ踏み出した。なんとなく、その先にも道? 雨裂?と思われる溝状の地形、行けそうな感じに惑わされてさらに下って行くと、段々とえらい雑木藪になってきた。

1001image1.jpg 雑木が前進を阻む

なんとか目指す谷筋まで下ったものの、生い茂る藪に阻まれ右も左も前にも行けない雪隠詰め状態に陥った。これは無理と無念の撤収に決定、力尽きそうな身体に鞭打って、再び城跡まで登り返したことだった。これは、マジにきつかった。登り返した城址で、しばらく大の字になって大休止。えらい目にあったが、大手筋の道は無しということがわかったには収穫だった。

谷筋には坊(塔頭?)があったという話を聞き墓所もあったとか。それが本当なら城主・小野原氏は清水寺とも近い存在だった?ということになり、やはり谷筋を踏み越えるべきだったかと。でも、あの雑木藪には勝てなかっただろうな〜〜 です。

今日は風邪気味(アレルギーか?)だったせいもあって、これまでになくばてた。大手道を下り登り返したのもきつかった。ともあれ、気にかかっていたことが解消して、これはこれで登った甲斐があったと思いたい。

posted by うさくま at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山の山城
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