2016年06月20日

丹波の名字と家紋を追っかける

昨日、園部で家紋ウォッチしたとき西田家、川勝家の「立ち葵」紋の多さを見て、丹波八木城の西北山麓の村墓地でも西田家と川勝家の「立ち葵」紋を見つけたことを思い出した。また、同じ墓地内に八木家の墓石群があり挙って「唐花」紋、八木城主内藤氏の居館跡?と目される東雲寺の墓地にも八木家の墓石があり「蔓持ち唐花」紋、この寺にも川勝家の「立ち葵」があった。

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さらに亀岡西方の浄光寺にも西田家の墓石があり「立ち葵」紋、これら丹波西田家は『見聞諸家紋』の西田家にゆかりの家々と思ってしまうのだが、どうなんだろう?

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それらとは別に亀岡から園部の墓地で見かける広瀬家は、ほとんどが「九曜巴」紋、これはもう間違いなく同族関係と思われるのだが・・・。そういえば、人見家の「違い鏑矢」紋、河原家の「卍」紋、桂家の「梅鉢」紋なども亀岡から園部の墓地で見かけるが、これらも保津・馬路の苗字群にゆかりの家々だろう。

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このように地方の家紋を見ると「おおおっ!」と目を見張る変った紋形のものは少ないが、家の歴史を内包しつつ名字と家紋が移動し広がっていく跡が見えてくるような。井上、内藤、井尻、山内、畑、細見などなど、なんとなく丹波の家紋と名字マップが頭のなかに浮かんでくるのだ。



posted by うさくま at 11:30| Comment(3) | TrackBack(0) | 家紋
この記事へのコメント
いきなりコメント失礼します。
実家が八木町です。立葵の紋です。
先祖は武士だったと聞いています。
珍しい紋なので 所縁を知りたくて
ネットサーフィンしていたところ
このHPにおじゃまさせてもらいました(^-^)
Posted by 川勝 at 2019年03月23日 21:00
書き込み拝読しました。

丹波で川勝名字の墓石に出会いますと
その多くが 立葵 紋が刻まれています。

丹波の川勝さんは戦国時代を生き抜き
徳川幕府の旗本として存続しました。
徳川旗本の川勝家は 釘抜 を紋としていました。

川勝氏で有名なのは聖徳太子を援けた秦川勝
川勝は川勝氏の祖とされ、山城国を開発したといわれます。
山城国に蟠踞していたのが鴨うじぞくで、おそらく川勝ら秦氏族は
鴨氏族と混淆し、鴨氏族が祀る神々の紋である
葵紋 を氏族の紋にしたのではないか!と考えるとことです。
Posted by 播磨屋 at 2019年03月27日 19:23
詳しく ありがとうございました!
歴史って 楽しいですね(^^)
Posted by 川勝 at 2019年03月30日 20:24
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