2016年01月31日

綾部・大槻氏の山城をめぐった

今日は戦国倶楽部のミニオフ「綾部の山城攻め」で綾部に遠征。
メンバーは、いつものMiyaさんと
大和郡山オフ以来、一年半ぶりのPeroさんの三人。
訪城先は、綾部に割拠した国人領主大槻氏にゆかりの
高津城、将監城、石原城、そして舘城の四城。

20160131.jpg

心配した残雪もなく、いまの時期ならではの見通しのよさ、
ダニの心配もないコンディションの城跡、
それぞれ個性的で、なかなか楽しめた。

丹波篠山で落合い、最初の山城・高津城跡をめざす。
由良川の南岸に鎮座する高津八幡宮の後方の山上にあり、
東曲輪群と西曲輪群で構成された二城一郭の山城。
二度目の訪問だが、なんとなく手入れがされている感じだ・・・。

IMG_1478.jpg IMG_1484.jpg
東曲輪群西端の堀切            西の曲輪

IMG_1503.jpg
主郭から綾部市街を遠望

IMG_1509.jpg IMG_1513.jpg
主郭切岸と東腰曲輪            南曲輪切岸とつなぎの曲輪

IMG_1524.jpg IMG_1551.jpg
南曲輪主郭切岸               西曲輪群中央部の横堀

IMG_14721.jpg
城址説明カンバンの概略図

IMG_1568.jpg IMG_1575.jpg
西曲輪群西尾根を遮断する横堀     西曲輪群西端曲輪の土塁


高津城は、公園に整備された歴史もあるようで、
荒れ気味ながら山道もバッチリ、さくっと登れた。
が、主郭北尾根の堀切探索は前日の雨の影響もあって
斜面の状態が悪く割愛した。

二つ目の将監城は、先に登った高津城とは
谷を隔てた西方の尾根上に築かれた山城で、
林道から分け入れば、すぐに城址というお手軽な立地。

IMG_1598.jpg IMG_1606.jpg
城址北西に位置する最大曲輪の虎口(取り付き口)     切岸と曲輪

IMG_1624.jpg IMG_1633.jpg
土塁を伴った堀切              曲輪が連なる
   

全体に植樹と雑木があるものの、残存度は抜群だった。
城址は曲輪を尾根に沿って並べ、谷筋を囲繞するU字状の構造。

IMG_1637.jpg IMG_1648.jpg
城址最大の堀切               武者走りを伴った畝状竪堀

IMG_1669.jpg IMG_1670.jpg
力の入った畝状竪堀            最南端の尾根筋を遮断する大堀切


城址外縁にびっしりと畝状竪堀を設け、
曲輪群を区画する堀切が見応えがあった。

IMG_1673.jpg IMG_1696.jpg
竪堀となって落ちる大堀切   U字状の左側突端の二重堀切


とはいえ、主郭はどの曲輪だったのだろう?
おそらく、とっつきの広い曲輪であったと思われるのだが・・・


高津城、将監城を堪能したのち、遅めの腹ごしらえをすませ
三つ目の山城、石原城へ。


石原城は、高津城、将監城とは由良川を隔てた対岸にある山城。
縄張り図を見ると、二つの曲輪で構成された館城で、
曲輪を区画する横堀と、それぞれの曲輪を囲繞する土塁が特徴的。

IMG_1709.jpg IMG_1711.jpg
山麓の武大神社               東の副郭の土塁

IMG_1715.jpg IMG_1720.jpg
曲輪を区画る横堀ろ主郭部切岸     主郭部切岸の横矢状折れ


南東山麓の武大神社あたりより取り付き、たどり着いた石原城跡は
植林がされているものの、虎口や横矢など、一歩進んだイメージを与える山城だ。

IMG_1737.jpg
主郭部切岸と北腰曲輪

IMG_1753.jpg IMG_1760.jpg
主郭部土塁上から副郭を見る       折れも見事な主郭土塁

IMG_1779.jpg
主郭部南の虎口

IMG_1781.jpg IMG_1785.jpg
主郭と副郭を区画する横堀        主郭南虎口から伸びる塹壕状の堀


おそらく、館として江戸時代はじめのころまで使用されていのでは?
と思わせる佇まいで、発掘調査は行われたのだろうか?

今日、最後の攻城先は舘城跡。ここも再訪となるが
山道そばに車を停め、あっさりと城跡へ。
先の石原城と同様に二郭で構成され、背後の尾根筋を横堀で遮断
南西側に帯曲輪を設けた新しさを感じさせる平山城だった。
じっくりと探索をしたかったが、夕闇に包まれてザッと見るだけとなった。

IMG_1813.jpg IMG_1824.jpg
かろうじて尾根側の土塁跡を撮影    城の外はまだ明るかったのだが・・・


山城らしい高津城跡、将監城跡、居館城というべき石原城跡と舘城
いずれも見応えのある城跡ぞろいであった。
明智光秀の丹波攻めに抗した綾部の山城群だが、
同じく明智勢と戦った丹波篠山の山城と比べると、
綾部の山城は、総じて大がかりで技巧的な印象を受けた。
その差はどこからきたのだろう?
posted by うさくま at 11:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国倶楽部
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/173546725

この記事へのトラックバック