2016年01月10日

かねてから気にかかっていた三草山に登った。

三草山、篠山から東条社インターチェンジに向かう途中、
372号線の左に三草山古戦場、三草山登山口の標識があり、
気に掛かっていた。しかし、歴史はともかく、
城跡としてはピンと来るものがなく、なんとなくホッタラカシていた。

mikusa_map.jpg
国土地理院二万五千分一地図

その三草山に、不意に登りたくなり、ちゃちゃっと出かけた。三草山への登山ルートは何か所かあり、372号線沿いもその一つだが、最短コースの畑ルートから山上をめざした。

IMG_1192.jpg
登り口、三草山神社の鳥居

三草山は治承・寿永の乱のとき平資盛が七千を率いて布陣、丹波を越えてきた源義経が夜襲をかけて追い落としたところ。ついで南北朝の時代には、赤松氏の一族・出羽守則友が拠り、山名氏との戦いに活躍した。嘉吉の乱には宇野氏が城将として山名軍と対戦、乱後には赤松満政、則尚らが入って山名氏と戦った。そのような歴史を有するところだけに、かねてより山上に築かれた山城に登らねば!と思っていた。

IMG_1230.jpg
眼前に三草山が見えた

やっと、登ってみると、たしかに山城らしきたたずまいは残っていたが、ハイキングコースになっていることもあって、少なからぬ破壊、改変を受けているように見えた。でも、曲輪・切岸、土塁、石垣など、城跡として見るべきところは少なくなかった。

IMG_1243.jpg IMG_1246.jpg
三草山城南端部! さしずめ虎口か?  虎口を固める帯曲輪と切岸

IMG_1250.jpg IMG_1267.jpg
虎口、入った曲輪正面の切岸、曲輪は土塁と帯曲輪で防御されていた

IMG_1273.jpg IMG_1275.jpg
灌木が茂っているが、曲輪は確認できる  主郭手前曲輪の土塁跡

IMG_1279.jpg
山上主郭への虎口か?

IMG_1284.jpg IMG_1286.jpg
主郭に鎮座する三草山神社       主郭切岸を腰曲輪から見る

IMG_1293.jpg IMG_1294.jpg
城址の石標                 微妙な高低差のある主郭

IMG_1306.jpg
山上主郭から西方の播磨平野を見る

繁茂する灌木のなかに埋もれている城跡は、意外に規模は大きく、残存度もよさげであった。これから、城跡としての整備がされるとは思われないが、地元の教育委員会などでキッチリ調査されると嬉しいのだが。

 IMG_1302.jpg IMG_1311.jpg
主郭西方の尾根筋の曲輪と切岸     主郭南切岸に石垣の跡

IMG_1325.jpg
下山途中、東播磨平野を見る

IMG_1241.jpg
どれだけ衆生からお布施を集めまくったのだろう??

IMG_1344.jpg 
無事に下山。登り一時間チョイ、下りは40分の山歩きだった

ともあれ、好天だったこともあって、登る途中や山上からの展望は素晴らしかった。ただ、宗教団体のものであろう贅を尽くした伽藍(いかほど布施を集めて建立したのだろう)が、ちらちらちらちらと見え隠れしたのは、いささか興醒めではあったが。
posted by うさくま at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/171816182

この記事へのトラックバック