2015年08月22日

綾部史談会、家紋講座、終了

綾部史談会の川端二三三郎先生から依頼を受けていた家紋講座の当日。
会場となる綾部市立資料館となりの中央公民館に出かけた。
通りなれた西紀の本郷から九号線に抜け、由良川を渡り、さらに由良川を渡る。
綾部市街を通り過ぎる道すがらで発見した宝積禅寺境外墓地に寄り道。

墓地には、もうおなじみになった森田家の「古木に柏」紋、
桜井家の「隅立井筒に桜」紋、那須家の「扇に一文字」など、
なるほどと思わせる家紋が。そのようななかで
山口家の墓石に彫られた「古木に五三の桐」紋を発見。

0822山口.jpg 0822山口2.jpg

山口家の「古木に桐」、いろんな形がある

0822山口3.jpg 0822森田.jpg

同じく山口家の「古木に桐」   森田家の「古木に柏」

0822那須.jpg 那須家の「扇に一文字」


「古木に五三の桐」は、見たところ「枯木に柏」紋と解した方がよいようにも思われるが、さて?
なんといおうか、綾部市域には「古木」をベースとした家紋が多い。

会場で講座の準備をしたのち、しばし、レジュメでにらめっこ。
「綾部の家紋」をテーマとした家紋講座をやらせていただいた。
みなさん、綾部の歴史に詳しい方々でもあり、文字通り蛮勇を振るったわけだが
家紋講座、受けたのか、受けなかったのか、よく分からないが、無事終了した。


IMG_8287.JPG
会場で講座の準備
綾部−名字家紋ベスト10.jpg
今日のために調べた綾部の名字ベスト10と家紋

ここ数年、家紋の話をやらせていただかせてもらっているが
対象が一家にひとつ(あるいは複数もあるが)というものだけに
普遍的とはいいにくいテーマではある。それだけに、
もっとおもしろおかしく語るか?とも思うが、そういうものでもない。
いつも残る不完全燃焼ともいえる心持はなんだろう・・・ふむ?


家紋問答

Mis.Kamei
古木柏は「枯れ木に新たな若葉が1枚」という意匠なんでしょうか。
私はどうしても「最後の1枚」に見えてしまいます。

usakuma
前にもそういう話をしましたね。「古木に柏(古木柏)」は、家紋の意義からして「齢を重ねた古い木に若葉が生じる」すなわち家が続くことを寿ぐ家紋であるとわたしは理解しています。そういう意味で、もっとも家紋らしい家紋であると思われ、わたしのなかでは好きな家紋の上位にランクされています。
「古木に柏」を「枯れ木に新たな若葉が1枚」とするのは植物学的に枯れ木に葉が生じるのは無理があるかなと。おっしゃっている「最後の一枚」はアランポーの「最後の一葉」からの連想かな〜と思われますが、「古木に柏」を「最後の一枚」とすれば家系断絶に通じることでもあり、まず家紋の意義からしても家紋には採用されないかな、と思います。
今回、綾部で発見した「古木(枯れ木か?)に桐」紋は、原形は「古木に柏」紋と思われ、柏葉に代えて桐を配したものでしょう。この家紋を桐の木とすれば葉が出た上に花が咲いたという非常にめでたいものですが、古木部分が「古木に柏」紋に酷似していることから、単純に意匠を転用しただけではないか。ということで、古木とするべきか、いや桐に添えただけとすれば枯れ木なのか?悩んだわけですね。
「古木に桐」紋を用いられている山口さんにズバリ由来をお聞きすればよいのでしょうが、墓地に人影はなしでした。いつか、由来をお聞きできる機会がくれば嬉しいのですが・・・ (^^)

Mis.Kamei
家紋の意味合いは理解してるのですが、あのデザインがどうしても・・・^^
由来をお訊ねしたいと思う家紋に限って、お家の方と出会えませんよね〜

Usakuma
おっしゃる通りです。お会いできても、家紋の由来はもとより、紋名を知らない方もいらっしゃいます。昨日の講座でも、こちらから「我が家の家紋の由来」を逆質問をさせていただいたのですが、ビシッとお答えいただいた方はいらっしゃいませんでした。お聞きいただいた方の平均年齢は60歳を越えていたと思われたのですが・・・。家紋の未来は、ヤバい!かもです (?_?)

Mr. Hosi 
こんにちは、初めまして。
私は家紋の事はなにも知らないのですが、この画像を見せて頂いて、少し思う事がありました。
古木に葉っぱがある紋ですが、この樹は楠ではないでしょうか?特に左上の画像です。
私は自宅で薪のストーブで暖をとっているので、色々な樹をもらってきて薪を作ります、その中で楠はどういう訳か生命力が飛びぬけて強く、伐採した樹を薪割りサイズに(4,50cm)切っておいて置くとそこから新しい芽をふいてきます、他の樹ではまず見れない現象です。
そんな強い楠は生えている樹を剪定して、ほぼ丸坊主にしても、どんどん新しい芽をふき育ちます、左上の画像はまさに丸坊主に切られた後、芽が吹いて育った楠そのものに見えます。
他の紋は桐が組み合わされているのですが、桐はこんな樹形にはまずなりません。
桐はしゅ〜と線が細い感じの樹形が多いです、広葉樹ではありますが比較的真っ直ぐな感じに生えます。
ですので、元々は桐の紋を持つ家が、楠の生命力の強さを意匠に取り入れたと考えます。
私の経験からの勝手な推測です、ご参考まで。

Usakuma
保司さん 素晴らしい話をありがとうございます。なるほど「楠」ですか、楠は生命力もあり虫除けにも使われますので、家紋に採用される可能性は大ですね。楠木氏とか楠の字が付く家で「楠」が家紋として使われてもよさそうなものです。でも、家紋に楠紋はないのです。
家紋発祥の数ある由来の一つに信仰する神さまとの関係があります。また、神事や供物などに用いられたものが尊ばれて、家紋に採用されています。柏葉は柏餅にも用いられているように、むかしは食器のかわりをした、神様にささげる食物を盛る用にも用いられた。ということから、多くの神社が柏を神紋として用いるようになり、いまも神社や神職の家で柏紋が使用されています。そして、家紋における葉は、梶葉とか菊葉というようにことさらに称さない場合、柏葉というのがひとつの約束事です。ということで、枯れ木に葉っぱを一枚添えた図柄の家紋は「古木に柏」紋と呼ばれたわけです。
楠の場合、葉が小ぶりで肉厚、滑りやすかったこと、また独特の香りもあることなどから器として採用されなかった。ということが考えられます。植物がモチーフになった家紋はたくさんありますが、なぜ、楠が家紋に採用されなかったのか一考の価値はありそうですね。

posted by うさくま at 13:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史講座
この記事へのコメント
今日、朝日放送 旅サラダで放送みてたら南海九度山駅構内の柱に見覚えのある図柄がありました。ネットで調べたら真田家の家紋らしいのですが、我が大槻家の家紋と同じ雁ビックリでした。
でもよく調べたら雁に丸枠がありとなしの違いは有りました。多少関係あるのか興味深々です。
ご意見頂けたら嬉しいです。
Posted by 大槻勇男 at 2020年11月07日 19:03
九度山駅構内で見られた家紋は「結び雁金」です。綾部に多い名字大槻家でも用いられている家紋の一つです。真田家は信濃の中世豪族海野氏から分かれた武家で、海野氏の家紋が「六連銭」と「雁金」で、海野氏や真田氏の氏神が白鳥神社で神紋は「洲浜」で、これも用いられています。一方、丹波の大槻氏は一説に信濃の井上氏の後裔とも言われ、信濃井上氏の家紋は「雁」として知られます。氷上郡の赤井氏や芦田氏も井上氏の後裔といい「雁」を家紋に用いています。家紋の場合、氏や名字が違っても同じものが使われることが多々あります。真田氏と大槻氏とは同じ紋を使っているのは信濃つながりが背景にあるかも知れません。
Posted by 播磨屋 at 2020年11月09日 10:19
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