2015年04月04日

念願の播磨大山城を攻略

今日はかねてより予定していた通り
神河町在住のKさんと神河町内に残る山城、
長谷城跡と大山城跡を攻略。

週間予報であ「雨時々曇り」とあった天気もまずまず!
丹波篠山から播磨神河町で約一時間の道をひた走った。

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一発目の長谷城跡は事前調査では道なき斜面を直登というものだったが、「なんと!」ハイキングルートが整備されていてアッサリと城跡を攻略。

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城跡は、尾根筋に出曲輪、山上に二つの曲輪、北に続く背後の尾根筋を堀切で遮断したシンプルな山城。いまは雑木が邪魔をして展望は利かないがおそらく見張城といったものであったろう?と思われた。

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二発目の大山城跡は南北朝のころ、赤松氏一族の赤松直頼によって構築されたと伝えられる山城。播磨と但馬の境目である真弓(生野)峠に睨みを利かせる位置にあり、但馬山名氏と播磨赤松氏との間で幾たびか合戦が繰り返されたという。

見上げる山上高さにある山城では事が起こった時どれほど機能したのだろうか?・・・と、思わぬでもない。もっとも、山城は敵兵力を分散することも大きな役目であり大山城が見上げる高さに築かれた意図もうなづけなくはない。

さて大山城に登ろうと思い立ったのは四年以上前、城郭ドットコムのMさんと但馬生野城跡に登ったときであった。いつの日かと思いつつ年月の経つのはまことに早い。やっと、大山城跡を踏破することができた。

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事前調査によれば登山道ないとのことで、どこからアタックしようかと地図を睨んだ結果、麓の七宝寺を起点に滑落しそうな道なき急斜面を直登した!
やっとのことで登り着いた尾根筋で何を勘違いしたのか城跡とは逆方向に歩いてしまい、無駄に山を登ること三時間!痛恨のロスタイムをやらかしてしまった。いま、振り返ってみても、狐につままれたような気分である。

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心が折れそうになるところを気合いを入れ直して、なんとか城跡へと登り着いた。三角点のある主郭部は木々が伐採されて見晴らしはまずまずだったが、切られた木々が曲輪の周囲に積み重ねられ曲輪切岸や石積などは見えない残念な状態。とはいえ、主郭部以外は雑木が茂ってはいるものの、堀切、切岸、横堀などなど城跡に刻まれた遺構群はまずまず見応えあるものだった。

下山も道なき急斜面を激下り、しかも途中より谷川となり、登りに劣らぬ苦戦。文字通りの山城攻め!足はガクガク、ちかれた?。でもかねてより攻略ターゲットにしていた大山城跡攻略、想定以上に過酷だったが達成感は十分なものがあった!

道なき斜面を下った時、なにやら登山ルートらしきものを発見。はたして、城跡への道なのか?機会があれば踏査したいものである。
posted by うさくま at 14:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 播磨の山城
この記事へのコメント
ブログを参考にして平成29年3月11日PM登山しました。ハイキングコースのような山城ですね。拍子抜けでした。長谷城は初めてしりました。まだ未発見の城跡はありのでしょうね。
Posted by 播磨備前守 at 2017年03月11日 17:48
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