2015年03月30日

おもゼミ 「酒井党の城砦めぐり」 下見行

今日は年休をとって「おもしろゼミナール」山城編の
行程をチェックするため先輩ガイドのTさんMさんと
三人で多紀郡西部の山歩きに汗を流した。

スケジュールは篠山口駅西すぐの山上にある禄庄城跡を皮切りに、
大沢城跡 →南矢代城跡 →高仙寺城跡 を巡って、文保寺に下りる
時間があれば旧高仙寺跡にも立ち寄ろうというものだった。

文保寺で集合したのちM先輩の車をデポ、T先輩の車で
登り口になる大沢八幡神社に移動、山城めぐりはスタートした。

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大沢八幡神社横の山道かを踏み出す
IMG_5330.jpg 禄庄城跡への急尾根

まず、大沢ロマンの森のルート上にある禄庄城、大沢城に登り、
通称三角山ポイントから分岐する尾根を南矢代城へ。

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禄庄城跡 主郭切岸と腰曲輪
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大沢城跡 主郭切岸と帯曲輪
IMG_5393.jpg 南矢代城跡へ続く尾根

南矢代城を踏査したのち、ふたたび三角山に登り返し
そこからロマンの森と松尾山との分岐点となる火とぼし山をめざす。

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南矢代城南部を区画する大空堀

天気もよく、萌えはじめた若葉の緑も爽やかな山歩き
と油断したら火とぼし山直前の急斜面の登りとなった。
さきの南矢代城往来と急斜面の登り、これは堪えた!かも。

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音羽山三角点手前のビューポイントより篠山盆地を眺望

火とぼし山から途中の眺望を楽しみながらいい感じの山道を
音羽山三角点まで。音羽山で昼食をとりつつ小休止、
はるか眼下の我が家あたりを遠望してみたが、当然、確定は難しい。

IMG_5484.jpg 石仏が現れると肩越の辻はすぐ

一息ついたのち、松尾山と文保寺、高仙寺跡のルートが集まる
肩越えの辻までアップダウンを繰り返しながらひた歩く。
肩越えの辻からは白髪岳へと至る明確な山道をとり、
途中から高仙寺城へと登る尾根に分け入る。なかなかの急斜面で
尾根筋の堀切跡にたどり着いたときは疲労困憊であった。

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高仙寺城跡 自然の岩を利用した虎口?
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高仙寺城跡主郭より篠山盆地を見る

登り着いた高仙山城はカンバンなどが新しく付替えられ、
城跡にも整備の手が入っているようでスッキリした状態である。
惜しむらくは展望がきかないことだが、それも止む無しか・・・。

松尾山には山上の高仙寺城跡を含めて三つの山城が築かれている。
それぞれ、酒井党諸氏が築いたものといい、いまでも城砦群を築いた
酒井氏の後裔の方々が高仙寺城、高仙寺跡に登ってこられると聞く。
いつか松尾山山上一帯が整備されることを期待したい。

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高仙寺跡の卵塔群
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高仙寺城主-酒井主水氏治の供養塔

酒井党の松尾山城砦群を辿りつつ、高仙寺跡へ下っていく。
まず目を引くのがかつて寺跡で修業されていたお坊さんたちの墓、卵塔群だ。
ついで、明智光秀に抗して戦死した酒井主水氏治の墓所
大正のころに山麓に移されたのち自然回帰が進む高仙寺跡の礎石、石垣
全体に荒れているものの、なかな見応えのある歴史史跡群である。

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高仙寺跡の礎石、寺跡には高石垣なども残っている

高仙寺跡より肩越の辻とを結ぶルートを歩いたが、一部、
荒れているところもあり、このままではルートがなくなるのではと危惧された。
肩越の辻で小休止をとったのち文保寺へ下っていったが
こちらも気の抜けない箇所があり、最後まで気を抜けない山歩きとなった。

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肩越の辻より文保寺へと下っていく

驚かされたのは、下りついた文保寺の山々に林道が築かれ
山肌がむき出しになっていたことだ。最近、山の手入れをするということで
あちらこちらで林道整備が行われているが、作業が終われば
捨ておかれることが多いと聞くだけに何とも無残な景色に思われた。

かくして、全行程七時間の結構ハードな山歩きとなったが、好天に恵まれ
行程チェックはもちろんのこと、歴史めぐりを楽しめた。
おもゼミは老人の方が多いので、今日のチェックをもとに実行プランを立て、
もう一度、ルートを歩いておこうということになった。
posted by うさくま at 13:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き
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