2015年03月01日

たつの城下町で家紋を探索

今朝、外を見ると昨日の天気予報通りに「雨」であった。
昨年の末に山城登山をご一緒した神河町の Kug さんと計画していた
神河町に残る長谷城と大山城登山は無念の中止となった。
ということで、ポッカリあいた折角の日曜日、さて、どうするか?

そうだ!たつの市の某病院に入院されている山名保存会事務局長の
Kawさんの見舞いがてら、龍野藩主脇坂家ゆかりの寺をめぐり
龍野藩士であろう家々の家紋をウォッチしようと決めた。
篠山からたつのまで雨中を二時間半、思ったより元気そうな
Kawさんを見舞ったのちたつの城下町へと移動していった。

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まずは武家屋敷資料館に立ち寄って城下町の情報をゲット!と思ったが、屋敷そのものを展示するだけでめぼしい資料はなかった。とはいえ、管理をされている女性の方に、この家は18俵の禄をもらっていた芝辻平右衛門という下級武家の屋敷、西隣は明治の文豪国木田独歩の父にあたる人物が住んでいた家などなど、たつの城下町のいろいろな話を聞かせていただいた。

たつのお寺めぐりの一番目は、脇坂藩総菩提寺の浄土宗普音寺、かつて垣屋家の家紋を探しに訪ねたお寺で二度目の訪問となる。以前にきたときに比べて、墓地には新しい墓が目立つとともに、お参りがないらしい墓は「撤去しますよ」との札が下げられている。
古い墓石群が「家臣累族供養安在所」として一か所に集められて祀られているが、このまま推移していけば古墓はどんどん撤去されていくことだろう。そして、むかしの家々の名字や家紋を知る手がかりもなくなってしまうのであろうか。

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二つ目は普音寺となりの常照寺、こちらは日蓮宗のお寺で国木田独歩ゆかりの国木田家のお墓が祀られている。
常照寺は町人だった家々の墓が多いお寺で、墓地にお邪魔すると区画整理が行われたようで新しい墓石が立ち並び、古い墓石は墓地の一角に集積されていた。古い墓石群は合同祭祀が行われているようだが、きれいに整理された古墓からは名字と家紋を探ることは無理な状態、仕方のないこととはいえ残念なことだった。

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三つ目は脇坂家の祈願寺の真言宗寺院の小宅寺。
城下町からは揖保川を越えた東方の山麓に位置し、山門に続く参道に鳥居が立てられた珍しい景観をみせるお寺だ。境内に立つと本堂の屋根には脇坂家の「輪違い」紋、玉垣には脇坂家当主の名前が刻まれ、眼前にはたつの市街が広がる。

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寺院背後の山腹に林立する墓地にお邪魔させていただくと、脇坂田付家の古式然とした墓所をはじめ、龍野藩武士の家々のものであろう墓石が祀られている。しかし、いずれが藩士家のものか判然としなかったのが心残りであった。さらに残念だったのは、
宵闇が迫ったこともあって脇坂家の墓所を訪ねることができなかったことだった。

たつのの町は青春時代を過ごした思い出深い町であり、実家とも近い。
たつの城下町の絵図、藩士の記録などを拾い集め、
機会を見つけては家紋ウォッチ、歴史探索に訪ねようと思っている。
posted by うさくま at 13:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋
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