2014年07月13日

和田寺で家紋探索、歴史話を楽しむ

篠山の南西部に位置する今田町、
日本六古窯の一つで知られる丹波立杭焼で知られたところだ。
その今田町で最古の歴史を誇る古刹が和田寺。

和田寺の起源を訪ねれば奈良時代の大化二年(646)、
法道仙人が一宇を建立したことに始まるとうから古い。
その後、盛衰があり源平時代には兵火に遭って一山焼失した。

IMG_1758.jpg

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東光寺として再建され、和田寺山上に伽藍を連ねたが
ついには山上から山麓に遷され、現代に法灯をつないだという。
往時の繁栄は本堂に続く参道、古図などから偲ぶばかりだが
1400年に及ばんとする歴史はそこかしこに匂い立っている。

さて、その和田寺さんに不思議な家紋があり、
どのような由来があるのか知りたい、見てほしいとの話を
DSG仲間のMさんよりいただいた。それは願ってもないこと
是非拝見したいとMさん、Tさんらとともに和田寺を訪ねたのだった。

今日のテーマとなる家紋は、本堂の中、
ご本尊を祀られている宮殿の扉に打たれたものであった。
その意匠は「丁子巴」に酷似しているが、
そう単純な解釈ですまされるものでもなさそうだった。
聞けば、宮殿は青山藩主であった形原松平家から
寄進されたものと伝えられているとのことだった。
形原松平家の家紋が「丁子巴」であれば
それで一件落着となるのだが「丸に利の字」が形原松平家の定紋である。

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では宮殿に打たれた紋はどのような由来を有しているのか?
ということになる。和田寺の紋ではないとのことであり、
形原松平家のものでもない、もちろん天台宗の本山である
比叡山のものでもないとなれば、謎は深まる一方だ。
宮殿の扉に打つぐらいの紋であれば、いい加減な由緒とは思われない。
その場で、適格な回答をできなかったのが残念ではあるが、
紋の由来に関しては宿題として持ち帰らせていただいた。

その後、庫裡に場を移して和田寺の歴史、
住職さんの研究されている和田寺に関わるさまざまな伝説など、
あれこれ楽しいお話し拝聴することができたのだった。
本来の目的を達することはできなかったが
家紋がもたらしてくれた今日のひと時、歴史は実に面白い。
posted by うさくま at 17:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史探索
この記事へのコメント
そういえば形原松平は替紋に八つ丁子を使っていますね。
Posted by 高澤 at 2016年12月06日 14:49
そうですね。

その後、形原家の丁子に由来するものかも?
と回答させていただきました。

が、果たして、形原家ゆかりのものなのか?
明確な回答は得られていません。

ちなみに篠山市内及び丹波地域に
丁子紋は少数派です。
Posted by 播磨屋 at 2016年12月15日 19:31
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