2020年05月31日

綾部で山城、神社、家紋をウォッチ

この週末は天気がいまいちパッとしない。
昨日は出勤、懸案となっていたこども狂言2020のスタートが決定、
また、一年間、こどもたちの稽古と付き合うことになった。

今日の天気は、昨日ほどではないがパッとしない。
なんとなくボーッとしていたとき、先日、綾部在住の知人が
「大槻城に登った。遺構はよく残っていて、山麓に大槻さんの墓があった」
という情報をもらった。大槻城とは嶋間城と呼ばれる平山城、
すぐ北方に残る高城城と詰め城、根小屋の関係にあった城館とされる。

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すぐ傍に嶋萬神社が鎮座し、むかし、そこを起点として
高城城に登った。うっすらとした尾根道を時に藪漕ぎしながら
城址まで、なんとかたどり着いた思い出がある。

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2020年05月28日

赤松・佐伯氏の歴史にふれ家紋を見る

加西にある善防師城、播磨守護職赤松円心が築き「嘉吉の乱」を起こした満祐の弟則繁が城主であった。則繁は勇猛な人物といわれ嘉吉の乱の立役者の一人として知られる。その善防師城に久しぶりに登った。
主郭の説明カンバンに「赤松・佐伯氏系図」との文言があり、おおいに興味を惹かれた。同行のS氏が加西市役所の文化財系の知人に電話され、紆余曲折の末に御子孫の方にアポが取れたのだった。

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麦秋と善防師城

さて、城主赤松則繁は嘉吉の乱で一方の大将となったが、作戦の齟齬から敗走、居城は家臣らに任せて播磨城山城に籠城した。城山城が落城間近になると、満祐の嫡男教康らと城を脱出して朝鮮に渡海、倭寇として暴れまわったという。最後は大和で討ち取られたらしいが、則繁には九州に遺児が残されたらしい。

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2020年05月27日

加西アルプス、善防山〜笠松山を歩く

ここのところ、毎週のごとく
歴史(山城や寺院、廃村跡など)のある山歩きに汗を流している。
今日のターゲットは姫路方面に走るたびに
姿のよい山容を見せる善防山を含む加西アルプスだ。

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20200524 正面に善防山を見る

善防山は山頂に戦国山城の遺構が残り、
山城目的で2012年01月15日 に東方面の岩場ルートから初登山、
ついで2015年02月08日 に古法華側からの登山ルートで再訪した。
そして、三度目になる今日は善防山から笠松山を踏破する
加西アルプス登山に汗を流した。
同行するメンバーはいつもの篠西三の面々である。

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2020年05月24日

西播の有力国人小寺氏後裔の家紋を探す

Sala68に連載している播磨の国衆の家紋と歴史の六回目
取り上げたのは播磨御着城主であった小寺氏。
小寺氏の子孫という天川家の家紋を探すため13日に
御着城跡から御着周辺の取材に行った。
ところが、天川家の墓所を発見することができず、
聞き取り取材もできず、無念の撤退をしたことだった。

天川家など後裔の歴史を割愛した内容で原稿を作成したが
やはり、テーマに照らしてみて物足りない。
ネットや書籍などをあたってみたが、情報はない。
悩んだ末に、やはり割愛はできない。改めて、ネットのマップで
墓所を割り出し、見落としていた小寺氏ゆかりの祠も発見。
これはもう一度、現地を訪ねるしかないと懲りずに御着に出かけた。

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歩道橋から御着城址を見る

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2020年05月23日

西播、感状山城から三濃山までを歩く

今日は、相生の北方にある感状山城から三濃山を踏破。
メンバーはお馴染みとなった篠西三の四人。
感状山城は四度目の登山となり、かつて登った時
その北方にある三濃山の存在が気になっていた。

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三濃山は508m、相生で一番高い山である。
歴史を調べると、古代に寺院が創建されおおいに賑わった
その後、盛衰はあったが、江戸時代に村が開かれ
昭和の高度経済成長期に廃村になったらしい。
調べるほどに行きたい気持ちが募り、今日、やっと実現なった。

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朝八時に集合して、一路、登り口になる瓜生羅漢の里へ。
九時半、羅漢の里の駐車場に到着。天気は快晴!
まずは、羅漢谷に移動して感状山城への長い階段を登って行った。

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2020年05月19日

歴史民俗誌Sala 68の初稿をアップ

歴史民俗誌Sala 68に連載中の
「家紋で探る、播磨中世武家の歴史」の初稿をアップ。
今回は播磨御着城主であった小寺氏を取り上げた。

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小寺氏といえば黒田如水で知られる官兵衛孝隆の主君であり、
家紋の「三橘藤巴」は『見聞諸家紋』に収録されており、
如水を祖とする福岡藩黒田家の「藤巴」は小寺氏から賜ったものである。
小寺氏嫡流の直系の子孫は黒田家に拾われ、福岡藩士として存続した。
さらに、小寺氏は世界遺産になっている姫路城の中世時代において
もっとも深い関わりを持っていた武家であった。

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御着城址の旗に描かれる黒田氏の藤巴

まずまずの情報があるとはいえ、もう少し記事に厚みが欲しい
しかし、新型コロナウイルス騒動で図書館などが休館、
追加の資料探しはあきらめざるをえなかった。とはいえ、
小寺氏の直系で福岡藩士となった家以外に、傍系で帰農したという
小寺氏ゆかりの家々の歴史、とくに家紋を確かめたかった。

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posted by うさくま at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋

2020年05月17日

整備作業が行われたという八百里城跡に登った。

週末になると、何故か天気が崩れる。
昨日は雨、今日も朝起きるとどんよりとした曇り空。
テレビの天気予報では「曇りのち晴れ」天気は回復するらしい。

それならばと、予報を信じて出かけることにした。
ターゲットは整備作業が行われたという八百里城跡。

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公民館に車を停めさせていただき登り口まで歩くと
以前あった城址の説明カンバンが撤去されていた。
史跡の顕彰と観光客への解説に一役かっていただけに
新たに作成、設置されることを望むが・・・どうなのだろう?

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八百里城の石標
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十数年前、説明カンバンがあった

たまたま、山麓で農作業をされている女性に整備作業のことを聞くと
「さて、やったのかどうか、私らはわかりません」との回答であった。

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2020年05月13日

播磨の中世武家、小寺氏の家紋を探す

今日は年休をとって、中世播磨の戦国武家小寺氏の
足跡を取材するため姫路の御着城跡と城址周辺
小寺氏の子孫が移住したという丹波市東芦田方面をめぐった。
歴史民俗誌Sala68号に予定している家紋記事の取材が目的だ。

今日の取材に先だって小寺氏の子孫といわれる
御着城周辺に散在する天川さんの墓石があるだろうと思われる
播磨国分寺の境内墓地、城址の法華寺・延命寺の墓所、
城址北方に営まれた共同村墓地を訪ね歩いた。

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小寺政隆が拠ったという庄山城跡が残る山が見えた

天気は快晴、相方の運転でデカンショ街道を突っ走って御着へ。
御着城は十四年ぶりの再訪、概ね当時のままであったが、
大河「軍師官兵衛」の影響はそこかしこに残っていた。

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2020年05月10日

変な妖怪、アマエビって何?

コロナウイルス騒動の拡大にからんで
「アマビエ」なる妖怪の絵がSNS上に拡散している。
まったく知らなかった身としては「なんじゃろう?」と
調べてみると、かの水木大先生も妖怪図にしてはった。

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アマビエのイラスト(出典:水木プロダクション)

その正体は?というと

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2020年05月09日

丹波篠山東部の山城、福住城に登る

今日は「曇りのち雨」という天気予報。
天気が芳しくない・・・と言いながら、
市の観光部門が主体で木々の伐採整備事業が
行われたという丹波籾井城跡に登った。

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登山道はスッキリ
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南の曲輪と切岸(灌木が目立つ)

登り口から中腹の東屋、その先の城址まで
山道はなんとなくキレイになっていた。そして、
主郭から天引峠方面、福住の街並みなど
木々が伐採されたことで眺望はよくなっていたような。

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主郭からの見晴らし(むかしの方がすっきり見えたが・・・)

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2020年05月05日

下界を離れて、多紀連山を縦走!

今日はこどもの日、丹波篠山は「山の日」で
多紀連山の山歩きが予定されていたがコロナ騒動で中止となった。
逆に人出がないであろう!と、多紀連山の縦走にチャレンジ!

多紀連山は東の八ケ尾山、小金ケ嶽、御嶽、西ケ嶽の山々でなり
その連山を中世、修験道の行者が歩き、おおいに賑わったという。
これまで多紀連山に何度も登ってきたが、縦走は未だ為しえていない
縦走するには足の確保が必要で、そこが大きなハードルであった。

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八上あたりから多紀連山を見る(2009.04.29)

今日の登山メンバーは「篠西三会」の四人、下山地の栗柄と
登山口の筱見四十八滝の駐車場とにそれぞれ車を停めおいて
多紀連山縦走を目論んだのであった。

多紀連山の地図.png

朝、七時半、栗柄の運動公園に集合、筱見四十八滝に移動。
筱見四十八滝の登り口は、コロナウィルス騒動の煽りで
東屋もトイレも使用禁止状態で、人影はまったくなかった。
八時十分、筱見四十八滝登山口をスタートした。

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2020年05月02日

コロナを避け、鎌倉行者道を踏破した

むかし、北播磨国人の一人在田氏の歴史を調べているとき
普光寺の一角に浦上氏との戦いに敗れた河内城主
在田村忠と家臣たちの霊を弔う五輪塔群を訪ねた。そのとき、
普光寺を起点とする鎌倉行者道の存在を知った。
その後、加西市のボランティアガイドによる河内城を中心とした
史跡巡りに参加、城址から鎌倉山行者道への山道があることを知った。

鎌倉山〜河内城マップ.png

鎌倉山行者道は、普光寺を中心に鎌倉山とその周辺山稜を回めぐるトレッキングコース。古くから賀茂郡の神々の古里である神体山として、神話や伝説に数多く登場している山だ。
普光寺は播磨ではおなじみの法道仙人によって開かれた寺という縁起を持つだけに行者道は古くからあるものと思っていた。ところが、明治維新になってのち普光寺住職により開かれ、多くの石仏が祀られたのだというからビックリした。

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posted by うさくま at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き