2017年09月30日

おもぜみ、東部から北部へ調査行

午前中、講座を聴講する相方をゲットして、おもゼミ取材のため篠山東部方面へ。今日のターゲットは藤坂の中馬家と本郷の細見家の歴史、そして、古戦場のあとの踏査。

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スッカリ木々は伐採されてしまった。


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2017年09月28日

みんなで甲冑づくり、第4日目

甲冑づくりも、4日目となった。
大書院の一番広い虎の間を使って作業をスタート。
糸通し作業の残った縅糸通しや調整を行う一方で
胴部分の腹側に三枚、背側に四枚の草摺を取り付ける作業に着手。

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2017年09月27日

篠山に残る土豪館「土居の内」を訪問

多紀郡(現篠山市)の戦国時代、八上城主・波多野秀治に属し、八百里城で明智勢を迎え撃った畑一族が知られる。畑氏の存在は前から気にかかっていて、折々に畑家の歴史を調べ、ホームページなどで紹介してきた。いまも、篠山に畑姓は少なくなく、八百里城主の後裔という畑家も続いている。

今日、訪ねた畑家もその一家で、住まいは土塁と堀に囲まれ「土居ノ内」 あるいは「大渕館」と称されて中世の武家屋形の景色をよく残している。貴重な文化財として、県の文化財指定も受けている。

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お宅からは八上城跡が真っ正面に見える
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2017年09月24日

戦国倶楽部−丹波木津城整備オフ

今日は7月の末に予定しながら、雨で中止となった丹波木津城整備オフに出陣。丹波は久しぶりの快晴、天気予報では「暑くなる」とのこと。ま、無理せず、のんびり作業をやるべし。


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2017年09月20日

辻集落・池田家再訪

今月のはじめ、市役所の方と訪問して、伝来の甲冑・古文書などを拝見させていただいた池田家。先日、ガイド先輩Tさんから「池田家に行くけど、いかが」とお誘いを受け二つ返事で一緒させていただくことになった。
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2017年09月15日

王地山カフェ、オープン

今日から篠山の妻入商家群で『クラフト&フォークアート篠山「いらか」』が開催される。
それに合わせて、篠山藩窯 丹波青磁 王地山焼 の工房・王地山陶器所の前庭で王地山カフェが期間限定でオープン!

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のんびりした時間がただよう
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王地山陶器所
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陶工たちの作品
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登り窯

この週末は天気が悪そうだが、王地山焼の作品や登り窯を見たり、すぐ近くに鎮座する篠山パワースポットの一つともいわれる王地山稲荷に参拝するなど、王地山界隈でのんびりするのもいいかもしれない。 


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2017年09月11日

映画撮影の立会に臨む

篠山城跡より周囲を見回すと山と田圃ばかりという田舎ぶり。
その環境を立地とした大書院と篠山城跡は
時代映画ロケの最適地として映画撮影に利用されることが多い。

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これまでも映画「火天の城」「超高速参勤交代」や
テレビ時代劇「女信長」「信長のシェフ」などなどのロケ地となった。
そんな篠山城大書院で新しい映画の撮影が行われ
館管理・事務方スタッフの一人として撮影の立会いに任じた。
ミッションは無垢材を多用した建物、襖や屏風などに描かれた絵画を
撮影中の不注意などによる損傷から守ること。

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映画の内容は守秘義務もあって明かせないが
監督はじめスタッフの皆さんは行儀のよい方ばかりで
予定されていた時間内に撮影終了、ミッションも無事終えることができた。
あとで、調べてみると来年封切りされる話題作のようで
今日の撮影シーンがどのように映画の中で生きるのか、楽しみだ。
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2017年09月10日

木津城整備作業

六月末以来の整備作業。
城跡はこれまでの整備の成果もあって、スッキリした状態を維持している。
今日は主郭部の西端に生い茂る潅木を伐採して
西の帯曲輪と東北に続く曲輪群への見晴らし確保に努める。

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作業前の状態

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スッキリ

天気がよいこともあって暑さは半端ではなく、あっという間に汗だくでの作業となった。

一通り、主郭部の伐採が終わったのち昼食。
昼からは、主郭の南側に茂る雑木を伐採、南帯曲輪側の見晴らしを確保した。

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むかしなら伐採した木々を程よい長さの柴にして炊き付け用などに担いでおりる所だが、現代ではそのような作業をする必要もなく、伐採した雑木を曲輪の周囲などに積み上げてしまった。
これはこれで、城跡にあったであろう柵を彷彿させなくもないが、状態としてはスッキリ感を阻害していなくもない。さて、どうしたものか・・・?とりあえず課題に残して、今日の作業を終えたのだった。
posted by うさくま at 00:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山の山城

2017年09月04日

みんなで甲冑づくり、第3日目

第三回目となった今日は、
前回に引き続いて縅糸の通し作業に集中。

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ひたすら糸を通し続けた結果
ほぼパーツ作り作業は目途がついた。
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2017年09月03日

美山にドライブ

今日は美山かやぶきの里。伝統的建造物群保存地区に指定されているだけに、茅葺民家のたたずまい、村の空気などレトロ感に満ちてホッとさせられた。民家の屋根破風には家紋、「カタバミ」「目結」「鶴丸」「輪鼓」などが描かれている。墓地をウォッチすると中野さんだらけ、その家紋は「カタバミ」「輪鼓」「橘」、いわゆる株ごとに家紋が違うのだろう。また、墓石には苗字でなく、名前を彫っているのもうなづけた。


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美山の大原区にある庄屋・百姓住宅としては日本最古で重文指定の「石田家住宅」に寄り道。近くの大原神社、ご子孫にゆかりの管理人の方との出会いなどおもしろかった。石田家のお墓も訪問、家紋は「丸に三つ星」でした。


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2017年09月02日

池田家にお邪魔する

朝、大山庄の墓紋ウォッチをしたあと、昼からは市役所の方に骨折りをいただいて、池田輝政の子孫にあたる池田家にお邪魔した。武具・古文書・古典籍、先祖が交友があったという本居宣長の書などなど拝見させていただき眼福にあづかった。

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池田家の定紋

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池田長政が関ヶ原合戦に着用したという当世具足(左)

ikedake_03.jpg 江戸時代中期勢作の飾り鎧

当主の方から家の歴史に係る数々のお話も聞かせていただいた。本居宣長との交流はもとより、幕末の探検家で北海道の名付け親といわれる松浦武四郎が隣家の子どもで、放浪の旅に出るたびに支援をした。その縁で、松浦武四郎記念館に所蔵文書を寄託されたといった話は興味深かった。

それにつけても、せっかく見せていただいた典籍・文書類の崩し字が読めぬ悲しさ。他にも、文書の受取人への殿表記は目上の者につけるものと思っていたのだが、同行された市の学芸員の方いわく目下の者につけるとか。う〜む、その正否を判断できぬ知識の浅さを痛感! 精進せねば (≧∀≦)

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丹波大山庄の故地を訪ね歩く

8月20日、おもしろゼミナールの下調べで、かつての大山庄・地頭職にあった中澤氏ゆかりの地を訪ねた。地元の歴史に詳しい小林氏に貴重な時間を割いていただき、あちらこちらを案内いただいた。
京都東寺の荘園であった大山庄は、荘園主である東寺と地頭中澤氏との間で相論が繰り返され、そのほとんどを中澤地頭が支配、東寺は一印谷とわずかの地を支配するばかりとなった。
ジックリ歩くと、中世と変わらぬという一印谷の風景、中澤地頭の館跡、城跡、さらに路傍の五輪塔・石仏など、長閑な中にも平穏ではなかった中世の歴史が実感されたのであった。

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・8月27日
先週に続いて、大山庄を訪ねる。眼目は一印谷に散在する中世の館跡と墓地紋の調査。館跡は谷の山麓に位置し、おそらく荘園政所、谷の有力農民(土豪)のものであろう。墓地はむかしながら株ごとに営まれ、霊園や新たに造成された村墓地にはない濃密な空気があふれていた。

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・9月2日
先日、もらしていた大山庄の墓地紋ウォッチに町の田から一印谷を歩く。
中澤・長澤さんが多いのは大山らしいが、一印谷は中澤地頭と争って最後まで東寺の荘園として残ったところ。中澤姓以外の名字が大勢を占めるのでは?という予想があったのだが、そういうことはなかった。名字から見る限りの乱暴な書き様だが、大山庄は中澤地頭が治めるところであったといえそうだ。

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posted by うさくま at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索