2017年03月26日

出石で「このすみありこ歴史講演会」を聴講

今日は豊岡出石で、山名氏城跡保存会の主催になる「このすみありこ歴史講演会」を聴講するため但馬に遠征。

0326_YAMANA01.jpg

昨日、延伸開通した北近畿豊岡自動車道の日高神鍋高原インターチェンジを利用して、豊岡市出石町・福住地区交流センターへ一直線。新しいインターチェンジの開通で、出石はさらに近くなりました。ただ、ほとんどトンネルですけど。

20170326_2.jpg

20170326_01.jpg


 
第八回を数える講演会のお題は『縄張入門「高田式 城の見方・楽しみ方」』、講師は城郭談話会の有力会員である高田徹氏。わたしも二度ばかり城址探索をご一緒する機会があり、その山城に対する熱さは目の当たりにさせていただいた。そんな高田氏の講演、独特の話口と実際に経験されてきた山城ウォッチへのあれこれを面白おかしく語られた。文字通り、山名城跡保存会にふさわしいものであった。

0326_SOBA.jpg

講演会が終わったのち、西尾会長、川見事務局長らとあいさつを交わしたのち、遅い昼食。もうおなじみとなった「そば庄」で皿そばに舌鼓を打ち、日高神鍋高原インターチェンジより丹波に帰っていった。
posted by うさくま at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2017年03月25日

おもしろゼミナール山城編・木津城下見登山

今年のおもしろゼミナールの十一月に予定されている木津城・市原城の見学会。城址のある今田町は、中世、国人・小野原氏が支配したことが史料などから知られる。ところが、小野原氏はまるで消えてしまったかのように消息を絶ち、いまに城址を残すという不思議な中世武家である。
一時、小野原氏を追いかけてみたが全くの謎のままである。ただ、和田寺に位牌が祀られているとも聞くことから、全くの幻であったようでもない。何とも心もとないことである。
先日、下調べも兼ねてなん年ぶりかに登った木津城跡は雑木に覆われ、おもゼミの見学会にはいささか厳しい状態。ともあれ、ガイド役のT先輩を案内して登山道と城址の状況確認登山、サポータ予定のDさんも同行となった。
朝の家紋講座が終わったのち、一度家に帰って身支度を整え、待ち合わせ場所へと出かけた。

0325_IMG_9647.jpg

先日、付けておいたガムテープの目印が功を奏して、今日は迷うことなく城址にたどり着いた。T先輩が用意されていた縄張り図を見ながら、見どころをチェック、堀切、主郭部の切岸と帯曲輪、竪堀、西尾根曲輪の土塁など、いずこも雑木が茂っている。

0325_IMG_9654.jpg
堀切
0325_IMG_9657.jpg
主郭南西部の帯曲輪
0325_IMG_9658.jpg
西尾根先の土塁

ともあれ、これから回数を重ねて整備作業をすることにし、肩慣らし程度に若干の木々を伐採して今日のところは下山。
ついで、山麓に残る居館跡と思われる民家の後方に残る横堀、土塁を確認、ここも草木が生い茂っている。整備をすれば見応えがある遺構と思われるのだが、民家があることとてどうするかは今後の課題とした。

0325_IMG_9670.jpg
雑草が繁茂する横堀

木津城のあと、もう一つの市原城にも下調べ登山。こちらは山上に祀られるお稲荷さんへの参道があり、整備作業の必要はなさそうだ。

0325_IMG_9684.jpg

0325_IMG_9676.jpg

とはいえ、神社の建築に際して城址遺構は相当の改変を受けていることは間違いない。そんなことを思いながらお稲荷さんから降りて来て、ふと道端を見ると土筆が群生している。いよいよ、春本番を実感したことだった。
posted by うさくま at 19:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山の山城

城下町で家紋講座を務める

職場の理事I氏の依頼を受けて、城下町地区の歴史勉強会の講師を頼まれた。 お題は「戦国時代を家紋からひもとく」二年続いて国人領主を主人公にした大河ドラマの影響か 、戦国時代のブームはまだ衰えをみせない。

17157853_1042200242552704_8203406665613582108_o.jpg

ともあれ、レジュメを作り、パワーポイントを作成。篠山城北堀端の城下町会館で本番に臨んだ。武家家紋の起こりから篠山の中世武家、近世篠山藩主であった大名諸家の話をさせていただいた。

17240239_1051240674981994_7029213112937489813_o.jpg

聴講者は知った顔も交えた地元の皆さま方が三十名ほど、、果たして受けたのか受けなかったのか・・・。いつも講義のあとに思うことだが、今日も受けは微妙であった。


posted by うさくま at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋

2017年03月21日

紆余曲折の末に「定紋の研究」なる本が届いた

いま、以来されて進めている家紋原稿。あれこれ資料調べが面倒とだが、なんとなく楽しい。たまたま「定紋の研究」という本が気になり、ネットで調べてみると、超廉価な古本が出ている。早速、購入したところ、なんと表紙は「定紋の研究」だが中身はまったくの別物!
これは騙されたと思って、連絡をとったところ、どうも古本屋さんも一山いくらで買ったもののようで、中身をチェックしないまま市場に出したらしい。ともあれ、お金は返金してもらったが、「定紋の研究」なんとか入手したいと検索したところ、先の古本屋さんに一冊あるような。

17362571_1054842084621853_7374207281378473556_n.jpg


騙されてもともとと購入手続きをすませ、やっと紆余曲折の末に「定紋の研究」なる本が届いた。届いた本には表紙がない、ひょっとして先日届いたものに表紙が転用されていたのでは?と見てみるドンピシャであった。古本を売ろうとする人も手の込んだ偽装をするものだ。ひょっとして「グラムいくら?」だったのか。
ともあれ、Amazonでは10,000円以上のプレミアムがついているものが 300 円 ! 価格納得のボロボロの本。ザッと中身に目を通すと、大正時代の空気(明治人の気骨?)が感じられる、なかなかの珍本、図版もなかなかキレイに書けていた。資料としては疑問のおいものではあるが、手にとって見ることができて大満足? ( ^ω^ ) とはいえ、改めて『日本紋章学』の偉大さを認識したことです。

posted by うさくま at 11:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋

2017年03月18日

早春の丹波金山城に同僚と登る

今日は快晴。かねて予定していた職場の仲間と丹波金山城に登山。
朝、TY子さんが家族ともども迎えに来てくれはり、柏原から参加するSY子さんとの待ち合わせ場所大山の追手神社に向かった。追手神社は山野草の撮影ポイントとしって知られたところで、境内を散策したところユキワリイチゲが、わずかに咲き残っていた。

さて、全員そろったところで、追入神社側の登り口より金山を目指して登山をスタート。まず、誰が付けたのか「パワーツリー」を撫でなでし、赤坂観音で行程の無事を祈って、尾根筋に通じる山道を登っていった。

0318_IMG_7606.jpg

尾根筋からは緩やかな登りとなり、途中、地元の方の手入れになるビュースポットより大山の里から遠く八上城の眺望を楽しむ。山腹のお寺跡で一服し、金山城跡へと踏み込んだ。思えば、金山城跡は、もう何回めの登山だろう?

0318_07.jpg

今日のメンバーは山歩きが目的だが、山城である金山跡のガイドをやらせていただきながら、名勝・鬼の架橋に到着。ここで、記念撮影をし、岩山に登ったりして、いよいよ山頂に残る金山城跡に攻め込んだ。おりから天気がよいこともあって、北に黒井城跡、東に夏栗山・黒頭峰・三尾山、その向うに御岳が見える。南には篠山盆地と八上城が一望であった。

0318_IMG_7630.jpg

0318_04.jpg

0318_03.jpg

眺望を楽しんだのち、ワイワイがやがやと弁当を使う。一休みしたのち、せっかくなので城址を案内。石垣跡をじかに見い、虎口や切岸といった曲輪のことなどを話したが、面白かったかどうかは分からない。

0318_01.jpg

0318_05.jpg

下りは大乗寺コースを休みやすみしながらたどり、全員、怪我することもなく無事下山できた。いつも、山城登りはせわしなく展開するが、こういう緩〜い山城登山(山登りだが)も悪くない。

posted by うさくま at 11:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き

2017年03月12日

丹波木津城跡を再訪する

なんとなく丹波焼の里ー今田にある木津城跡に再訪。

0312_IMG_9643.jpg

淡い記憶を手繰り寄せながら、城址を目指したが、見事にルートを間違えロスタイム。人間の記憶力なんて大したことないなと痛感。ジックリ道を探すと途中で曲がるべきところを真っ直ぐに行ってしまったようだ。
そこからは迷うことなく山上の城址まで登ることができたが、登る人もないようで雑木に阻まれて難儀したことだった。

0312_IMG_9648.jpg
ガレ場を登っていく

0312_IMG_9668.jpg
たどり着いた城址は雑木藪

0312_IMG_9682.jpg
堀切を見る

0312_02.jpg
堀切の土橋はシッカリ残っている

城址はといえば、登りに負けず劣らぬ養父状態。むかしなら芝刈りなどで灌木が程よく伐採されたのだろうが、現代ではそのような作業は行われることもない。植林地でさえ放置される昨今にあって、雑木はさらに顧みられることはないのだろう。

0312_03.jpg
堀切側より虎口を見る

0312_04.jpg

0312_05.jpg

0312_06.jpg
城址は雑木に覆われ、足の踏み場もない状態

ともあれ、ひどいブッシュのなかを縄張り図を見ながら城址を一通り歩いた。来年度のおもしろゼミナール山城編の俎上に上ったものの、これでは見学会は覚束ない。おもゼミに決定したならば、ガッツリ整備作業をせずばなるまい。
posted by うさくま at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山の山城

2017年03月11日

篠山子ども狂言「早春発表会」

今年も篠山子ども狂言の発表会の日を迎えた。例年なら磯宮八幡宮の舞堂で行う発表会だが、今年は三年に一度、重要文化財指定を受ける
城下町の春日神社能舞台で稽古の成果を披露した。

0311_KYOGEN01.jpg

昨日、教育委員会の皆さんのサポートを受けて、能舞台を保護する板戸を開け、準備を整えた。そして、本番の今日、受付、椅子の配置など会場の設営を完了。子どもたちは春日さんにお参りしてのち、13時の開演に向けて舞台での立ち稽古。三月とはいえ、曇り空ということもあって心なしか寒さが沁みてくる。昨年は風邪をひいて発表会に参加できなかった子たちもいたが今年は全員参加である。

0311_KYOGEN02.jpg

昼を過ぎても思ったほど気温はあがらない、ばかりか寒さが強まってきたようななか、発表会はスタートした。この一年、重ねてきた稽古を十二分に見せてほしいといつも願う。もっとも、子どもたちは舞台にあがると度胸があるのか驚くほど達者な演技を見せてくれる。今年もセリフに詰まるところもあったが、全員、寒さにも負けず一番一番シッカリとした演技で観客の皆さんに素直な笑いを届けていた。子どもたちの演技が終わったのち、指導者の山口先生と裏方に任じていただいた大蔵流狂言師の方々による番外狂言が披露された。

0311_KYOGEN03.jpg

0311_KYOGEN04.jpg

0311_KYOGEN05.jpg

子どもたちの稚ない演技、プロの狂言師による大人の演技、毎年のことながら飽かず楽しい発表会。本当に楽しめる篠山子ども狂言、もっとたくさんの皆さんに見てほしいと思う。

0311_KYOGEN06.jpg

ともあれ、平成28年度篠山子ども狂言と番外狂言は無事終了。重文の舞台の戸締りも事故なく完了、篠山子ども狂言「早春発表会」はすべて滞りなく終わりました。いろいろなカタチで協力いただいた皆さまに感謝です。
posted by うさくま at 11:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年03月05日

山名会による上月城攻めに遠征

今日は山城保会の上月城跡登山に混ざって、ひっさしぶりの山城行。

上月城は横浜に住んでいたころ、帰省したとき登って以来、実に十六年ぶりの再訪。今日の登山会は、保存会の会員でもあるT氏の段取りで、城跡のガイド役は木内さんであった。集合場所である上月歴史資料館に着くと、なんと参集者は40人越え、変わらぬ山城&登山人気にビックリだ! 

0305_01.jpg

登山前に木内さんのミニセミナーで上月城の山城としてのポジションを学んでのち、北尾根ルートより本丸を目指した。この季節の山歩きは、木々も芽吹き前でもあり快適、折々にあらわれるビュースポットからの展望も心楽しかった。

0305_IMG_9466.jpg

0305_IMG_9472.jpg
堀切に到着

堀切にたどりつくと城址で、曲輪を二段越えると主郭、いわゆる本丸で羽柴秀吉を迎え撃ったという佐用赤松正範の碑を中心に戦死者の供養塔が祀られている。上月城は地形に沿って主郭の南尾根、西尾根に曲輪を構築、西端部を堀切と横掘りで遮断している。総じて小ぶり、縄張りも大味な山城で、その城史を思えば意外の感を抱いたことである。

0305_06.jpg
主郭から北方を遠望
0305_IMG_9509.jpg
赤松政範と家臣らの供養塔
IMG_7143.JPG
主郭で恒例の記念撮影
0305_04.jpg
切岸を見る
0305_05.jpg
曲輪群

とはいえ、はじめて登ったときは草だらけだったが、いまは手入れもされているようでスッキリしている。何よりも、当時は登っただけというものだったが、今日は木内さん、西尾さんといった山城の達人とご一緒していることもあっておおいに山城の勉強をさせていただいた。

0305_07.jpg
堀切で解説を聴く
0305_08.jpg
堀切から続く竪堀
0305_09.jpg
西端の堀切

上月城跡を下山したところで、昼食タイム。資料館の庭で思い思いに弁当を使ったのち、次の目的地である仁位山城跡に移動。仁位山城跡はハリネズミの如き畝状竪堀が特徴的な城で、かねてより登ってみたかったところだ。

0305_IMG_9573.jpg
仁位山城、北尾根曲輪へ移動

山上まで車で移動、谷を隔てて上月城を見るが木々に邪魔されて眺望はイマイチであった。仁位山城跡は城域はそこそこ広いが、印象としては築城途上にあり畝状竪堀、曲輪、堀切など防御に欠かせないところを、まず手を入れたものであろうか。

0305_IMG_9583.jpg
曲輪を区画する土塁
0305_10.jpg
腰曲輪と切岸
0305_11.jpg

城址に踏み込むと雑木が生い茂っているが、土塁、曲輪、切岸などウッスラと確認できる状態ではあった。目当ての畝状竪堀は電波施設への山道を通したときに破壊を受けているが、遺構はシッカリと残っている。木内さんの実演を交えた畝状竪堀の効能に関する話は、木内さんらしくて面白かった。

0305_12.jpg
畝状竪堀
0305_14.jpg

0305_13.jpg
明確に残る竪堀

あと、i飯野山城・円光寺城が予定されていたが、参加者の多さと高齢の方への配慮もあって、今日は二つの山城攻めで解散となった。
みなさんと別れたあと、佐用インターチェンジまでの道々で墓紋をウォッチ、迫る夕闇を背に中国自動車を丹波へと帰っていった。
posted by うさくま at 13:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2017年03月04日

上洛、「戦国時代展」と洛北佐竹家の家紋探索

京都で開催されている「戦国時代展」を見に久々の上洛をした。
残念ながら・・・、目玉の洛中洛外図は人だかりがスゴくてジックリ見ることが出来なかったのは残念だった。それなりに面白かったが、チョッと期待過多だったかも。図録はズッシリとした重さで2500円の価格、これはお得だったかな!

0304_KYO02.jpg

ついで、前から気に掛かっていた高野の佐竹家の家紋探索へ、どちらかといえば今日の上洛はこちらがメーンだったかな。
戦国時代の洛北において、一勢力のあった佐竹氏。岩倉の山本氏、田中の渡辺氏らとともに乱世を生きた国人である。その後裔といわれる佐竹さんが比叡山西麓、高野川のあたりにいらっしゃると聞き、ポツポツと城跡や事跡、家紋などを調べ、まずは、やっと家紋探索に出かけることができた。佐竹家が散在する上高野にある宝幢寺近くにある墓地を訪ねると、ありました佐竹の墓所、彫られた家紋は「五本骨扇に月丸」でした。

0305_kyo_01.jpg

0305_kyo_satake1.jpg

0305_kyo_satake2.jpg

せっかくなので佐竹家以外の墓地に林立する墓石を見ると。田上家:三つ追い鶴・二股家:剣カタバミ・井口家:三つ鱗・細川家:抱き柊・菅原家:梅鉢・宮野家:花菱・渡邉家:三つ星一文字が多かった。

0305_kyo_tagami.jpg

0305_kyo_iguti.jpg

0305_kyo_watanabe.jpg

目を引かれたのは、三好家の三階菱、井上家の頭合せ三つ雁くらいで、むかしながら界隈に続いてきた家々のお墓が祀られる村墓地であった。
posted by うさくま at 08:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋