2017年01月31日

猿田彦神社、そして車折神社へ

正月明けの18日に帰省してきたマゴゲンと長女を京都駅まで搬送。夫婦二人の暮らしにガチャガチャと彩を添えてくれた、孫のいる暮らしも今日でおしまい (〃ω〃)


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マゴゲン送り届けた帰り道、我が家の年中行事となっている「一陽来復」の御札をゲットするため、予定通り嵯峨の車折神社に移動。その途中、ふと路傍に珍しい神紋を発見、車を寄せて立ち寄って見ると「猿田彦神社」。

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変わった家紋に見えたのは「くくり猿」紋であった。まことに小さな神社だが解説版を見ると、別名を「山ノ内庚申」といい京都三庚申の一つとして数えられる神社で、その創建は比叡山を開いた伝教大師最澄がその座禅石の傍らに猿田彦大神を祀ったことに始まるとあった。なかなか由緒もゆかしい猿田彦神社であった。

思わぬ寄り道で眼福と京都の歴史にふれたのち、目的地・車折神社に参拝して古い御札を返し、新たに今年の「一陽来復」の御札を買い求めた。

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境内をぶらつくと早咲きの桜がチラホラと咲いている。まさに一陽来復、春はもうすぐそこまで来ているようだ。
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2017年01月24日

今年は雪が多い

外が妙に明るいと思ったら、雪!
この14日以来、雪の連続
しかも二十数年ぶりという大雪を記録。

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夜明け前、外を見ると雪
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ガッツリ積もった雪

当然、山城には登れないし
墓地を訪ねて家紋探索もできない。
雪の中を早めに出社、雪かき作業に汗を流した。
篠山に転居して以来、
これほど雪かきが連続した年ははじめてだ。
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2017年01月22日

ささやま市民センターまつり2016

もう恒例となった篠山市民センターまつり。
10時スタートに向けて準備中、天気は晴れ。
今年のミッションはセンターのロビーを主会場に行われる
市民団体の音楽演奏プログラムの裏方。
音響機器、机、椅子などを出したり、引いたりの力仕事だ。

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一連の流れはもうルーチン化しているとはいえ
油断大敵、気の抜けない一日ではあった。

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振り返ると、入社したころにいた若手メンバーや
熟練の人たちが一人欠け、二人欠けと去っている。
祭りは賑やかなことだが、なにやら寂しいことではある。

まつりそのものは、心配していた雪にもみまわれず
予定されていた式次第も恙無くこなして、無事終了した。
トラブルもなく「よかった〜」だが、
さて、来年のことを思うと色々な意味で微妙な気分ではある。
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2017年01月21日

亡母の四十九日

予報通り、シンシンと雪が・・・、着々と積もってます。
今日は亡母の四十九日の法要。
積雪に怯むところがあるが行かずばなるまい。
折から帰省していた長女と孫を乗せて、一路、播磨山崎へ。

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丹南篠山より高速に乗り、吉川ジャンクション、福崎・・・と
山崎に近づくにつれ積雪量も少なくなり、なるほど兵庫は広い。

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一旦、実家に嫁や孫ら家族を放り込んだあと
高速バスで移動中の長男夫妻をインターチェンジでピックアップ
家族揃って礼服に着替えたのち法要が始まった。

主体は兄であり、法要の座の真ん中には一族の長老格が座ることになるわけで
いままでは大阪の叔父がその座を占めていた。ところが、
叔父たちもすでに鬼籍の人、・・・で、その役がまわってきたのである。

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なるほど、歳をとるというのはこういうことなのか!と
一族の顔ぶれ、わが身の立場など大きく変動していることを実感、
法要は離れて行く一族、家族を繋ぎ合わせる場というが、その通りだろう。

さて、法要が終わったあとは、ゆっくりしたいところだが
明日は「篠山市民センターまつり」である。頑張って帰丹したのだった。
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2017年01月18日

長女と孫ゲンの帰省

長女と孫ゲンが帰ってきた。
亀岡まで迎えに行き、
昨年のお宮参り以来三か月ぶりの再会

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亀岡駅でゲット、ご機嫌だ

とりあえず篠山まで連れ帰り
今日から月末まで篠山暮らしとなる。

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夫婦二人で静かな日々が
しばらく騒がしくなることだ。

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2017年01月16日

篠山。二十年来の積雪となった

土曜日の夜明け前から降り続いた雪。
計ってみると40p ! ビックリポン。

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長靴を履いてバス停まで歩くのは、大昔、小学校のころを思い出し、
何やら心弾んだことだった。

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職場に着いたら、早速、雪かきに着手
まずは市民センターの玄関から駐車場、とんでもない雪の量。
つづいて、歴史施設に移動

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篠山城の説明看板
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大書院へのアプローチ
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二の丸と大書院

篠山城から青山歴史村、安間家史料館と
経めぐってワイワイと雪かき作業、しんどいけど、何か楽しい。

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青山歴史村
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安間家史料館
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今日の篠山は、いずこも仕事にならず
朝から晩まで雪かきに汗を流して終わったのだった。
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2017年01月15日

降り積もる雪

朝、さらに積もっているのでは?と期待して外を見ると
エライ積雪、10センチくらいか ?

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10時に予定されている自治会の寄合に
出かけて行ったが、すごい積雪に難儀した(けど楽しい)

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こういう日は家でジッとしているしかない。
雪は、文字通りにシンシンと降っている。
この調子で積もっていくと明日が心配だ(でも、なんか嬉しい)
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2017年01月14日

雪到来

朝起きて外を見ると天気予報通りに雪。
昨日までの好天気と打って変わって、まさに冬本番。
この勢いだと今日の丹波篠山は雪が積もりそうです。

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ということで、夕方には家の周りは真っ白となりました。
しかも、まだ降り続いています。
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2017年01月13日

山城一揆、ゆかりの山城をめぐる

今月22日に予定されている「ささやま市民センターまつり」の振替休日を取って、山城一揆にゆかりの山城を訪ねてきた。篠山から南山城まで京都縦貫自動車道から大山崎ジャンクションを経て京滋バイパスから一般道をドライブすること約二時間、丹波と南山城は近くなった。

0113_IMG_8985.jpg 井出城跡を遠望

まず、井手城攻めからスタート。登り口となる「井手町高齢者福祉センター・いでの里」横の山道を登っていくと、「弥勒石仏」と書かれたカンバンを発見、ほどよい空き地に停車して磨崖仏をウォッチ。磨崖仏は井手の地に営まれた、橘諸兄の館建立に際し鬼門除けとして刻まれたものという。しかし、実際は鎌倉〜室町時代の戦乱に苦しんだ農民たちが心の平安を求めて刻んだものであろうとのことだ。いったん林道に戻り、竹やぶが生い茂るなかをテクテクと城址を目指す。

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手持ちの地図を確認しながら、ここらあたりかな?と目星をつけた斜面を登っていくとドンピシャ井手城跡の竪堀が現れた。竪堀に接する曲輪を越えると堀切、そこを登れば主郭である。城址は主郭を主体に西と南に腰曲輪を構え、さらに西方尾根に数段の小曲輪が築かれている小さなものだ。雑木に邪魔されて眺望は利かないが、西方の岩清水八幡宮領石垣庄を見下ろす立地を占めている。

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井手城のすぐ近くに橘諸兄相楽別業と呼ばれた館跡があり、その別業にちなんで諸兄は「井手左大臣」とも呼ばれた。整備された館跡には、立派な石碑、供養塔が建立されている。諸兄は別業に山吹を植えたといわれ、橘氏の流れを汲む武家が「橘」紋を好んで用いるのはそれに由来したもので、供養塔にも「橘」紋が刻まれていた。

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二つ目は稲八妻(稲屋妻)城。戦乱に苦しむ応仁・文明の乱において国人を中心に自治支配を行った山城一揆。かねてより一揆のことは心に掛かっていて、狛氏、木津氏、椿井氏ら一揆を結んだ国人たちの歴史・家紋、寺院・館跡・城砦などの史跡を折々に訪ね歩いた。山城国人一揆の歴史のなかにおける稲八妻城は、一揆方が最後に拠って敗北、一揆解体の地となったところだ。ここは外せないと思っていた史跡である。
その所在地については諸説あるようだが、今回、郷土史家・奥田裕之氏の調査された資料(30年以上前のもので簡単な縄張り図がうれしい)を拠り所として、南稲八妻にあるとされる城跡を訪ねた。

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城址を遠望

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曲輪と切岸

inaya_MAP.jpg赤線が京奈和道

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土塁

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シッカリ残る切岸と曲輪

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切岸と横堀?


目指す城跡は京奈和道で分断され、藪化が進んでいる。藪をかき分け城址であろう山に踏み込むと、なるほど山城に見える。逸る心で登るとシッカリ削平された曲輪に土塁、切岸など、間違いない山城であった。さらに城址を歩くと、曲輪群が連なり、堀切や塹壕状の横堀なども築かれている。

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曲輪が連なる

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竹に覆われた大堀切

縄張り図と見比べると、城そのもの規模は小さくなく、京奈和道で分断された西側にあたるようで、それだけでも相当な広さである。一揆勢が守護体制に最後の戦いを挑んだ場所にふさわしい山城であった。もっとも、いまに残る城跡は、一揆時代のものではなく後世の手が入っているように見えた。可能性としては南山城を制圧した松永久秀あたりが鹿背山城の出城として改修したと思われたが、当たらずとも遠からず…か?

三つ目は一揆の中心的な国人・狛氏の詰めの城ともいわれる東山城(高ノ林城)。上狛駅側にある「ぬくもりの里」そばの登り口に車を停め、軽トラや軽の4WDなら楽に入れそうな山道に踏み込んだ。


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竹林の山道

印象としては登り口からすぐのところにありそうな感じだったので、「あそこか?ここか?」と迷走を繰り返すも城址と断定できる遺構は現れない。 『まだか!まだか?』 と不安になる心を励ましながら明確な林道を40分以上歩いて、あきらめかけた頃に城跡への進入路の目印を発見。

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城址の土塁

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主郭切岸があらわれた

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ヤットの思いでたどり着いた東山城跡は、最高部の主郭をコアとして西方尾根を土塁で防護し、北東の桜峠に続く尾根は堀切で遮断、南に伸びる二つの尾根に曲輪を設けている。曲輪の削平も丁寧で切岸も高い、曲輪を堀切で区画し、しっかりとした井戸も残っている。規模の大きさかから推して、狛氏単独の詰め城というより一揆衆が共同で営み維持したものであろうと思われた。


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堀切
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尾根側から見た堀切
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曲輪
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連なる曲輪
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竹藪に埋もれた井戸
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腰曲輪と主郭切岸
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竹で埋もれた堀切

東山城から下りてくると、駐車したすぐ近くの山側に「東山城こちら」のカンバンを発見。とはいえ、そのカンバンを頼りに行ってもアッサリと城址にたどりつけたかどうか?、うろうろと山道を歩いたことも城址探索には無駄でなかったと思いたい。

三つの山城をめぐった今日の遠征、思いがけぬ収穫の多さに大満足であった。来た道を帰っていくと、丹波に入ったあたりから雪がチラホラ。本格的な冬は近い。

posted by うさくま at 10:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都の山城

2017年01月10日

篠山えびすに寄ってみた

今日は本えびすの日、
バス停に向かっていると「笹持って来い」の音楽が聞こえた
春日神社賛同に鎮座する篠山えびすの呼び声だ。
えびすさんはバス停のすぐ近く、寄ってみた。

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今宮えびす、堀川えびすを知っている者には
篠山えびすは何ともヒソッとした光景だが
えびすさんであることには変わりない。

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ただ、喪中の身なのでお参りはできなかったが、
せっかくえびすさんの境内に寄せてもらったことだし
今年もなにかと繁昌すると嬉しいのだが・・・ (^ν^)
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2017年01月09日

戦国倶楽部、新春オフで神戸の山城をめぐる

戦国倶楽部の城マイスターM氏の誘いを受けて、初詣に行くことに。
参詣先は姫路東部に鎮座する鹿島神社、おおむかし、亡父らとお参りして以来となるから半世紀ぶりの参詣だ。途中、戦国仲間のF氏をピックアップして、神社に向かった。ところが、参詣の車が長蛇の列をなし、参詣はあきらめて、山城攻めにチェンジした。


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2017年01月07日

粟賀から香寺へ、赤松氏ゆかりの史跡を巡る

今日は神河町にお住まいの Sala 同人で歴友のTKさんと播磨の山城 & 史跡めぐり。
粟賀のいつもの場所で待ち合わせて、まずは法楽寺近くに残る古い五輪塔、応仁の乱において山名氏と赤松氏が干戈を交えた「赤松、山名氏激戦の地」を案内いただく。
粟賀の地は播磨と但馬を結ぶ街道の宿場町にあたり、北上すれば播磨と但馬の国境をなす生野(真弓)峠であり、この峠も赤松氏と山名氏が激戦を演じたところである。以前、TKさんと登った大山城跡も赤松氏が山名氏に備えて構えた山城であった。

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法楽寺近く

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posted by うさくま at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2017年01月03日

正月休みも怠惰に終わった

あっという間に冬休みもおしまい。
暮れは掃除をするということもなく
ネットで発見したドラマ「トリック」をひたすら見続けた。

正月明けてもボーっと食っちゃ呑み、そして寝る。
振り返れば何処へ行くということもなく(買い物は行ったが)
ただ家で過ごした六日間、阿呆になったな〜を実感。

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2000年の放映、二十歳の仲間チャンいい味出してます (*^▽^*)

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で、明日の仕事始めを控えて、昨年末に編集の方より
出版祝いにいただいたワインを開けて晩御飯。
のんびりした日々とは、しばらくのお別れだ。
風呂上りに体重を量ってみると
怠惰に過ごした結果、4000g も肉が付いていたのだった。


付記

いま、この日のフェースブックを振り返ってみたら
六月末に鬼籍に入られた杉本さんからのメッセージがあった。
人の命のはかなさを思わずにはいられない

Mituo Sugimoto 
明けましておめでとうございます。わたしも午前中は寝たきり老人でしたが、1000gの増量に抑えられました?今日は最後の正月休みですが、すでに家内から買い物のアッシー君(古る)の予約が入ってます️今年もよろしくお願いします️
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2017年01月01日

2017年、元旦を迎える

2017年の初日も夕方。
初晩御飯は、なんとなく定番化しつつある「牡丹鍋」。
昨年の正月は次女がいたが、
今年は来るものとてなく、夫婦二人の正月となった。

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猪肉は、これもお馴染みとなった西紀の肉屋さんでゲット
美味しいのだが、毎年、値段がアップしているような?

ともあれ、正月からガッツリ酒を呑み、猪肉に舌鼓を打つ、
ボタン鍋に欠かせないのが味噌と山椒
たくほどに美味しさが弥増す猪肉、進む酒。
2017年の元旦はワイルドに過ぎて行った。
posted by うさくま at 14:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記