2016年12月25日

ぶらぶら大阪へ、忘年会で酔っぱらう

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丹波篠山は快晴。今日はむかしの仕事仲間との忘年会。
篠山を早めに出て伊丹駅で下車、伊丹城址に立ち寄り、駅から歩ける範囲に散在するお寺を訪ね家紋をウォッチ。残念ながらほとんどの寺院が立ち入り禁止、しかも楠公一族の墓を見落とすなど不完全燃焼であった。

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ふたたび電車に乗り移動すると車窓より墓地を発見、最寄り駅の猪名寺駅で下車。パッドで地図を見ながら墓地までウォーキング。
たどり着いた村墓地は地元に代々続いたであろう家の墓石にオーソドックスな家紋が刻まれている。その隣の墓地に移動すると、杜若寺が管理する古い墓地と分譲墓地であろう小さな区画に切られた新しい墓がずらりと並ぶ都会らしい墓地であった。家紋採取には効率がよい墓地であったが、地元との関係は希薄というしかないのが残念。

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みたび電車に乗り換えて塚口駅に移動。目的地は近松門左衛門を記念する近松公園。そして、その隣の広済寺にあるという門左衛門の墓の家紋をウォッチだ。門左衛門はNHKの時代劇ドラマ「ちかえもん」を見て、あまり知るところの少なかった門左衛門の面白さにふれ、塚口にゆかりの地があることを知った。

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近松公園に近づくと門左衛門をシンボル化したマンホールの蓋があり、訪ねあてた広済寺(日蓮宗)の門左衛門の墓に参ると「丸に一文字」の家紋が打たれていた。公園の一角には門左衛門の像があり近松記念館もあったが、すでに記念館は閉館していたのだった。来たときとは違うルートで駅に帰っていくと、古い家並みが残り時代を経た家屋もあったりして、まだまだ田舎の部分が残されているのだった。

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途中下車を重ねていると、いい感じの時間になり、いつもの待ち合わせ場所である紀伊国屋前広場で集合、これまたいつもの大黒屋で久しぶりの酒盛り。自営のTとRは、むかしと変わらずガッチリ頑張っている。そんなかれらをみると、サラリーマンは気楽な家業というしかない。
自分にはかれらのようにやっていける資質はないと、改めて思わされるのであった。歳を取るということは、そういう自分の生きてきた結果がより鮮明になるということなのだろう。
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2016年12月23日

戦国忘年会に参戦するため大阪へ

戦国倶楽部の一年を締めくくる忘年会に参陣するため大阪に遠征。
会場は、おなじみ佐吉さん経営の「鳥ひで」
昨年は前立腺炎でアルコール禁止だったため参戦ならず、
今年は体調もまずまず、篠山から大阪、そして環状線で天王寺、
さらに阪和線に乗り換えて杉本町。電車に乗ること二時間! 丹波は遠い!

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チョッと早めに着いたことでもあり、
杉本町の駅近くに発見した杉本霊園に寄り道、墓紋をウォッチ。
取り立てて変わった紋、名字はなかったが、
竹谷、染谷、稲谷家など古くからの住民であろう家々の墓が多数派を占めていた。
一帯が都会になってもむかしの歴史が続いていることが実感されるのである。

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左:竹谷家の違い傍折敷  右:三野家の供饗に檜扇

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左:右衛門佐家の三つ引き両  右:上田家の謎の紋

そのようななかで目を引いたのが三野家の「供饗に檜扇」
一理山家、右衛門佐家、有計家などの名字であった。

さてそろそろかな、と駅に引き返すと
佐吉さんと城マイスターMさんとバッタリ、参加者の誘導に出っ張っているとのこと。
倶楽部の主要メンバーらしい心遣いは流石な二人と感じ入った。

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さて、鳥ひでに日本各地(オーバーか)から参加者が続々集合。
ネットでは古い知人である秋山氏と初対面の挨拶を交わし
拙著を購入いただきいた鈴虫さんからはサインを求められ
ひさしぶりの人、はじめての人などなど酒と料理に舌鼓を打ちながら
恒例の戦国談義に花が咲き、宴は盛り上がったのだった。


上田家の謎の紋について後日談

京都家紋研究会の亀井さんより、「これは馬場氏ですが同じモチーフではないでしょうか。先日の大阪南霊園で撮られた杜若に蝶のご名字は?」と写真を送っていただいた。

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高澤会長
確かに同じ!たぶんデキの悪い墓石の家紋をマネして彫ったんでしょう。劣化コピーですね(^^; 大阪だと小川ですかね?
奈良県の馬場姓にありますよね。
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なるほど〜! 慧眼恐れ入りました。 大阪に新しく墓をたてることになり、田舎にある墓に彫られた紋をスケッチして暮石屋さんに頼んだ。当然、墓石屋さんはキレイに仕上げてくれるものと思っていた。ところが、渡したスケッチがそのまま彫られていた。「えーっ!コレちゃいますよ〜」と抗議したものの、墓石屋さんは「いただいた絵の通りでしょ」と取り合ってくれなかった。で、「 ま、いいか」と自らを納得させて・・・・といった物語が見えてきました (*^▽^*)
家紋World
南霊園のは、ズバリ小川さんでした。

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亀井さん
杜若はなんとか判別できますが、蝶はもう、手足翅バラバラって感じですよね。たぶん元の墓石は激しく劣化していて、ご当主も自分の家紋がわからなくなっていた、とか想像してしまいます。「これは杜若に蝶です」と伝えていたならここまで崩れなかったような気がします。私が撮ったのはズバリ、奈良市の馬場さんでした。

posted by うさくま at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国倶楽部

2016年12月19日

なつかしい仲間から柚子が届く

むかしの仕事仲間で、
いまやなつかしき友垣から嬉しい便りが届いた。
庭で取れた柚子ふたつと、
こりゃまたむかし懐かしい崩れ字の手紙、
こういうのって、ほんとうに嬉しいですね? (^_^)

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そういえば明後日は冬至
柚子湯で温まれば運気も上昇、無病息災
友垣からの柚子に心も温まることだった。

柚子湯を調べてみた
柚子(ゆず)=「融通」がきく、冬至=「湯治」の語呂合せから柚子湯に入るいうらしいが、もともとは運を呼びこむ前に厄払いするための禊(みそぎ)だったそうだ。冬至の日から「一陽来復」のお札が配られることになるのも、そこに由来するようだ。また、柚子は実るまでに長い年月がかかるので、長年の苦労が実りますようにとの願いも込められているとのこと。なによりも、柚子に含まれるクエン酸やビタミンCによる美肌効果、芳香によるリラックス効果も身体によいそうだ。
posted by うさくま at 11:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月18日

京都家紋研究会 墓地調査&忘年会

今朝の丹波は朝霧、それほど寒くもない穏やかさ。
京都家紋研究会の家紋調査&忘年会 に参加せんとて、大阪四天王に遠出。

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天王寺で降りてブラブラと待ち合わせ場所の四天王寺の亀池へ。なんとなくハルカスを見てみると、その隣に見慣れた高層マンションがニョッキリ。元祖竹本議義太夫誕生地の石標の前を過ぎ、堀越神社近くの信号を渡りると竹本議義太夫の墓所がある超願寺。義太夫のお墓をウォッチして寺を出てを左折すると目の前が四天王寺の南門である。

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何度来ても四天王寺は豪壮なたたずまいを見せている。亀池は名の通りに亀がいっぱい泳いだり、甲羅を干したりしている。待つことしばし、会長をはじめメンバーが三々五々に集合、久闊を叙したあと、先ずは四天王寺境内の四天王寺霊園苑で家紋探索。

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墓地内にお邪魔しているとガードマンに咎められ探索を中断、四天王寺境内をぶらつきながら一心寺境内墓地、一帯は大河「真田丸」で語られる真田信繁が徳川勢を迎え撃ったという「真田丸」ゆかりの地ともいい、墓&ドラマの話に花が咲いたのだった。

天王寺駅方面に移動して、ころあいの喫茶店でランチを取り、つぎの目的地となる市設南霊園にタクシー移動。立派な市立葬祭場と阪神高速に囲まれたかたちで新旧の墓石が林立する霊園で、思い思いに家紋探索を開始。昼前の家紋探索もそうだったが。総じて「おぉ!」と驚くような家紋は少ないが、南霊園では「雨竜」紋の実物をはじめて見られた。また香宗我部家の墓地と出会い、彫られた家紋を見ると「割菱」紋。おそらく、戦国時代の土佐で一勢力を有した香宗我部家ゆかりの家と思われ今日最大の収穫であった。

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このころの日暮れは早い、南霊園での家紋探索を切り上げ、忘年会会場となる飛田新地の「百番」は霊園から目と鼻の先。かつて関西有数の遊郭として知られた飛田新地、いまでも組合組織で管理され昔ながらの遊郭が存続しているという。実際、飛田新地の通りに入ると顔見世というのだろうか、着飾った女性たちが道行く男性たちを艶な姿で誘っている。店先の
暖簾には店ごとに家紋が打たれているが、当然、撮影禁止である。

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会場の「百番」はおおむかし、かつての仕事仲間と忘年会をやって以来の再訪、何年ぶりになるだろう。そもそもは遊郭であった建物を料理屋として使用したといい、たたずまいはむかしのままでだといい、なかなかの雰囲気を醸し出している。さて、遊郭にあがった客の気分を味わいながら、飲みかつ食べ、家紋の話、歴史の話などなどに盛り上がった。
宴たけたあと、飛田新地をそぞろ歩きしつつ天王寺駅に向かったが、顔見世の女性たちは文字通り夜の蝶のようで幻のごときはかなさがただよっていた(もっとも、現実的にはそのような柔な人生を送っているとは思われないが)
posted by うさくま at 09:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋

2016年12月13日

ウイズささやま忘年会2016

昨年に引き続いてウイズささやま2回目の忘年会。
今年の会場は王地山公園にある「ささやま荘」の宴会場、
仕切りは総務課のF課長、理事長、理事の挨拶を皮切りに宴はスタート。

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くじ引きで決まった座は、すぐにに乱れ
あっちこっちで宴は盛り上がりをみせた。
そんな中で教育委員会の U さんから電話が
何事かと出てみると案の定、仕事の話であった。
なんとも面倒な話だったが今日の今日に対応できるものではなく
先方に下駄を預けることにして宴会場に戻る。

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宴もたけなわになった頃
この12月いっぱいで退職する女性二人の挨拶
一人はいわゆる寿退社、一人は転職
高齢化が進む現状にあって若者たちだっただけに惜しまれる。
ま、出会いがあれば別れがあるということだ。

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メーンエベントのビンゴゲームで盛り上がり
今年の憂さの幾許かが払われたであろう忘年会
とくに荒れるところもなく、お開きとなった。
posted by うさくま at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月10日

母の告別式、永遠の別れ

通夜から一夜明けると、告別式である。
「家族葬」といいながら、ごく小さな葬儀となった。
ホールから西を見ると篠の丸城跡が真正面に見える。

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告別式まで時間があったこともあって、
篠の丸城の東麓にある寺町に出かけて、家紋ウォッチをした。
できれば、山崎藩主本多家の墓所、旧藩士の墓石に出会いたかったが
それはならず、寺町に広がる墓地で家紋採取に時間を費やした。

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左:横井英   右:船越家

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左:庄家   右:中村家

このような日に不謹慎かな?などと思いながらホールに戻ると
大阪の叔母や従兄弟、兵庫県に住む叔母や従兄弟たちが参列
そして、母の旧知の方々であろうお年寄りが足を運ばれている。

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おそらく、今日、再開した親戚の面々と次に会うことはあるのだろうか?
などと思っているうちに告別式はスケジュール通りに進み
母の亡骸はホールをあとにして火葬場へと運ばれていった。

火葬場で最後の別れをしたのち
田中家代々が檀家である願寿寺さんで骨上げまでの時間を過ごし
ふたたび火葬場に戻り、はかなく骨となった母と対面した。
かくして、バタバタと過ごした葬儀一切も恙なく終わり
火葬場で兄や親戚と別れ、丹波篠山へと帰っていった。
posted by うさくま at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月09日

通夜に列席する

昨日、田舎を往復し、今日改めて通夜に田舎に向かった。
兄の意向もあって「家族葬」で送ることになり
葬儀屋さんが用意した棺に母を一族の手で移し、
母の亡骸を住み慣れた家から送り出した。

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その後、葬儀場となる「やすらぎホール山崎」に移動。
通夜の読経、参列者の方々がお参りされたのち
近しい一族がホールに泊まりこみ通夜を過ごしたのであった。
posted by うさくま at 18:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月08日

田舎に帰る

昨晩の母逝去を受けて田舎に帰る。
母がズッと住み暮らしてきた部屋に入ると母は亡骸であった。
「夫 人間ノ浮生ナル相ヲツラツラ觀スルニ オホヨソハカナキモノハ コノ世ノ始中終 マホロシノコトクナル一期ナリ・・・」
と蓮如上人が言われるごとく、別れのときは思いがけなく訪れる。

悔やまれるのは、先月にいい三つがアップした拙著を
封書などで送ると、何かと誤解する人がいると思い込きわめ
今度会うときに渡そうと送らなかったことだ。
今日、母の枕元に供えたが読んでもえるはずもなく
直ぐに送っておけば母に手にとってもらえたのにと痛恨というしかない。

「我ヤサキ 人ヤサキ ケフトモシラス アストモシラス ヲクレサキタツ人ハ モトノシツク スヱノ露ヨリモシケシトイヘリ」
まことに人の命はハカナイく、悔いの多いことというしかない。
ところで、たまたま今日は先日のイベントの代休を取っていた
ここらへん亡母は見通してくれていたのだろうか。
posted by うさくま at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月07日

母の逝去

夕方、兄から電話があり「母が死んだ」との連絡。
十月の末に姉らと帰ったとき、
元気いっぱいといわないが、ごく普通の状態だった。

兄いわく、先月の末ごろに体調が崩れ
デーサービスにも行けなくなり
段々と食も細くなってきて医者に見せると
いわゆる「延命治療を受けますか」ということになる。


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生前の母の希望は家に帰りたいとのことで
介護ベットを用意し自宅治療をしていたらしい。
そして今日の夕方、部屋を覗いてみると息をしていなかった。
まことにアッサリしたことであった。

先月、なんとなく帰省して墓参りをしたのは
今日という日が遠くないことを亡父が知らせてくれたのだろうか。
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2016年12月04日

日本遺産をめぐる篠山ウォーキングツアー

今日は「日本遺産をめぐる篠山ウォーキングツアー「国史跡の二つの城をめぐるコース」」の八上城跡ガイド&スタッフの一人として出役。

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篠山口駅で駅集合組をゲット、出発地となる篠山城三の丸駐車場に移動する。心配していた天気は、いまのところ晴れ!
なんとか雨が降らないことを願う。三の丸駐車場で参加者を点呼し、総勢24名、八上城登山に出発した。

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登り口になる春日神社でスタッフのIさんが今日のウォーキングに関する注意事項を説明、心配していた天気も陽射も注ぐようになり、一同、八上城主郭を目指した。まずは主膳屋敷、主膳供養墓を解説、そこからは曲輪をめぐりながらの登りとなる。
参加者は高齢の方も多く、休みやすみしながら右衛門丸の石垣、三の丸、主郭へと攻め込んだ。主郭において八上城と波多野氏の歴史話をさせていただき、思い思いの昼食タイム。

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主郭で腹を満たし、一息いれたあと、下山を開始。蔵屋敷の土塁、番所の切岸と曲輪、尾根を遮断する竪堀(堀切であろう)を経て朝路姫伝説を秘めた朝路池を主体とした井戸曲輪で歴史話に花が咲いた。

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ついで明智光秀の母を処刑したという磔の松跡、馬駆け場の竪堀群、明智勢が攻めてきた京都方面を遠望。そこには井上城跡、淀山城跡、籾井城跡など波多野氏の支城群が連なり、多紀の中世武家たちが明智軍を迎え撃った歴史が実感されるのであった。

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八上城のあとは奥谷城。先日、整備したコースを登っていったが、やはり高齢の方には負担を強いたようだ。城跡そのものは山城というよりコンパクトな館城というもので、曲輪から主郭部、竪堀を案内、そして、この城跡最大の見所である大堀切へと下った。これは今日一番の難所となったが、みなさん山城パーツの醍醐味を味わっていただけたようだ。
二つ目の国指定の城・大書院までは、八上城を攻めた明智勢の本陣となった般若寺(現正覚寺)城跡、陣城である勝山砦、野間砦などを車中より見ながら、八上城攻めのお話をさせていただいた。

大書院では、館管理スタッフのHさんにガイドをバトンタッチ。達者なガイドを聞きながらの大書院ウォークの途中で雨がポツポツ・・・。最後は雨中での解散となったが、今日のイベント、まずまず成功だったと言えそうだ
(^。^)
posted by うさくま at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山歩き

2016年12月03日

城友M氏と夜久野の山城攻め

夜久野の山城攻め、午前は直見城跡西山城跡秋葉城跡の三城を踏破。

昼からは、鳴岩城跡、千原城跡。今日は五城跡攻略で終わった。

posted by うさくま at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 丹波の山城