2016年11月28日

奥谷城整備に出動

今週末に予定されている『日本遺産をめぐる篠山ウォーキングツアー「国史跡の二つの城をめぐる」』に出動。二つの城とは、戦国山城・八上城跡、近世城郭・篠山城跡であり、そのうちの八上城の案内役を務めることになっている。

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実施に先立って、八上城コースに含まれる奥谷城の整備を予定、今日、実施することになった。ところが朝からぱらつくいささか不安な空模様、整備作業は微妙だな?と思ったが、なんとか雨は上がり一緒に作業するIさんと連絡を取り合い整備作業を強行することにした。今月はほんとうに雨に祟られることだ。

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まず、登ってすぐのところにある曲輪の竹を切り、主郭部へと登る土塁、曲輪群の雑木を伐採、まずはウォーキングルートを確保。そして、西斜面の曲輪から主郭への道を開き、山上主郭部に生い茂る雑木の伐採に汗を流した。

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一応の整備作業はやったものの、登り口の右手曲輪の整備や曲輪をつなぐ安全なルートの確保は中途半端に終わったかも。もっとも1日で行える作業量は限界があり、できれば計画的に数回行えればよかったのだが、そうもいかない。

あとは、今日作業したコースを事故なく登っていただけるように頑張るしかない。加えて、ウォーキング当日よい天気になるように願うばかりだ。

posted by うさくま at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山の山城

2016年11月26日

ヒョンなことから、丹波柏原から氷上で家紋ウォッチ

今日は 講座丹波学 の四講。「丹波柏原の織田家から見る信長評価」と題して柏原藩織田家19代当主・信孝氏によるお話であった。

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講座の前に、ひさしぶりに丹波柏原界隈の家紋ウォッチに行った。墓紋巡りを終え、昼食を摂りに家に帰ったところでトラブル出来!なんと!ガラ携を落としてしまったのだった。

今朝、歩いたルートを頭の中に描きながら、あそこか?こちらか?と歩き回った。そして、明願寺の墓地で呼び出しに応える我がガラ携の受信音をキャッチ。無事、回収できたのだった。
これで、ガラ掲を落とすこと三回、そのたびに肝を冷やしたがすべて回収に成功。回収の鍵は音!携帯電話はマナーモードにすべきではない!と心に決めた。
は解決したものの、今日の講座丹波学は無念の欠席となってしまった。

それなら!と、墓紋採取に切り替えて春日町多田方面から市島あたりまでの墓地めぐりに精を出した。多田界隈は黒井城跡の北山麓に位置しているからであろうか黒井城主・赤井氏と同族ともいわれる荻野姓が多かった。また、荻野氏と結んで赤井一族と香良で戦ったとされる足立姓の墓も多く、荻野氏は「二つ引両」、足立は「五本骨扇に日の丸」が刻まれていたのだった。

この夏にお思い立って以来、おりおりに氷上郡(現丹波市)の墓地を訪ねて家紋採取を続けている。山南町からはじめ、氷上、柏原、そして市島へと足を伸ばしてきた。歩き回った採取結果としては、中世以来であろうと思われる名字が多く、総じて変わった家紋は少ないが在所は違えても家紋が共通している。それが、田舎ぶりというのだろう。
posted by うさくま at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋

2016年11月23日

いざ出陣!篠山城戦国祭 2017

いま籍を置いている職場における秋のメーンイベント「いざ出陣!篠山城戦国祭」に出陣。会場は篠山城大書院、天気がチョッと心配ななか賑々しく祭はスタート。

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スタッフは手作り甲冑を身に付け、侍姿に扮し、忍者になり、着物をまとうなど祭気分を盛り上げるとともに入館者のおもてなしに努めた。

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祭の効果であろう多くの観光客の皆さんが、手作り甲冑を身に着けて戦国武将なりきり体験、地元高校生のたてるお茶を和菓子で楽しみ、チャンバラ寸劇にワイワイがやがや。

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そんな祭空間のなかで、チョッと引き籠った感が漂う武者隠しの間(張台構)で「家紋診断」の怪しい易者役に任じた。昨年は意外な人気と思ったのだが、今年は料金を設定したせいもあってか昨年より少なかった。ま〜、そんな残念な気分も味わいながら、戦国祭は恙なく終わったことだった。 
posted by うさくま at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年11月19日

『信濃中世武家伝』が届く

一昨年、編集事務所の方から届いたメールが発端となって、
信濃の中世武家の歴史を家紋と出自伝承にスポットを当てながら
シコシコと書いてきた。

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編集の方の意図としては
今年の大河ドラマ「真田丸」に合せた企画だったのだろうが
版元の信濃毎日新聞社の存在もあり、ドラマも終盤のころとなった。
チャンスを逸したかな?と思わなくもないが、
書き手としてはじたばたしても仕方がない。
先月、最終校正を終え、あとは「俎板の鯉」と思いきわめた。

そして、今日、帰ると『信濃中世武家伝』が届いていた。
自分の書いたものが出版される、ありがたいことである。
今年は初孫の誕生と併せて、実りある思い出深い年になった。 


その後

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アマゾンランキング、結構、売れているようでホッとした

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家紋研究会会長高澤氏から嬉しいことば
posted by うさくま at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年11月13日

近江信楽の多羅尾に遠征

多羅尾代官所にやっと入れた。


多羅尾氏の菩提寺という大光寺、

先祖という近衛家の墓所もあります。

寺紋は近衛家ゆかりの牡丹紋。



滋賀県は南部の大津市大石から信楽町多羅尾を訪ねると、

伊賀に通じるルートであるからだろうか服部氏が多かった。

posted by うさくま at 11:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2016年11月12日

駅からハイキングのガイドに出役

篠山観光協会がJRと連携して実施されている「丹波篠山 駅からハイキング」のガイドの一人として出役。
今日のハイキングは篠山北西部に位置する大山の里がフィールドとなる。
篠山口駅で参加者のみなさんをピックアップして、明治・昭和・平成の三世代のトンネルがある鐘が坂にバスで移動。地元の歴史グループの方お二人を道案内の先導役として明治のトンネルよりハイキングをスタート。

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鐘ヶ坂、明治のトンネル
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普段は鍵の掛かっているトンネルは氷上側の協力を得て、篠山から氷上までをウォーク。通り抜けたことで、このトンネルが篠山と氷上をつなぐ掛け替えのないルートだったことが実感される。
鐘が坂は氷上の柏原へ下る峠だが、ハイキングはすぐ東どなりに春日方面に下る亀割峠へと分け入った。山道はシッカリとしていて峠まで迷うことなく到着、峠にはこの山道の改修に力を尽くした人たちの名前を刻んだ石碑が残っている。この峠を下っていけば春日・国領温泉へ通じているそうだが氷上春日側には道らしきものは見えない。機会を見つけて、篠山側から春日側まで歩いてみたいものだがチョッと不安材料ではある。

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亀割峠を登る
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峠で思い思いに弁当を使ったのち、ゴールとなる高蔵寺へとハイキングというよりは山歩きを開始。高蔵寺への道は、案内役もしていただいている地元の皆さんが地元の村おこし活動で切り開かれたそうだ。たしかに、山道としては未成熟な状態で、気を抜けば滑り落ちそうな所もあった。

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高蔵寺への新たなルート
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高蔵寺の旧跡

これから、多くの人が利用されれれば山道としてシッカリしていくのだろうが、このコースを歩く人は少ないのではなかろうか。そんなことを考えつつ黒頭峰の中腹を過ぎ、夏栗山へのルートを経て、高蔵山の旧跡であろう数段の平坦地で一休み。そこから高蔵山までは細尾根を下っていくことになったが、こちらも山道としては分かりにくい状態にあった。
ドキドキするところもあったが、無事、高蔵寺の登り口に到着できた。振り返ってみて高蔵寺側からのルートは初心者には分かりにくいのではなかろうか。ハイキングコースとするには、要所にカンバン設置が必須と思われた。

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おりから紅葉が真っ盛り
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ともあれ、鐘が坂から踏破してきた高蔵寺は折りから紅葉が真っ盛り、境内では紅葉祭りが行われていた。紅葉と祭りを楽しんだのち、参加者の皆さんはバスで帰っていかれ、今日のハイキングは無事に終了した。
今日のハイキングコース、悪くない山道だが、山歩きを楽しむにはチョッとリスキーなところも少なくなかった。今後、整備作業などが進められるのであれば参加させていただきたい。 

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天台宗のユルキャラくんと記念撮影



posted by うさくま at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き

2016年11月08日

おもゼミ・山城編のアシスタントとして出動

丹波篠山は曇り空。予定通り、『ささやまおもしろゼミナール「山城編」』のガイドアシスタントとして出役。登山する山城は荒木細工所城と栃梨城、集合場所の四季の森会館でバスに乗り込み、市民センター、城東公民館をめぐって参加者をピックアップ。

まず、荒木氏の支城とされる栃梨城。栃梨集落のはずれにある古いお堂より取り付き、東尾根曲輪を経て主郭部へと登る。城址は南北に続く尾根に数段の曲輪を構え、雑木に覆われているが、曲輪の削平も丁寧で、切岸もしっかり確認できる。

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栃梨城、東尾根曲輪
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主格部曲輪と切岸
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二重堀切

主郭の南端に櫓台であろうか広い土塁、その向うの尾根は二重の堀切でガッチリ遮断している。オーソドックスな縄張りで、目を見張るような遺構もないが、切岸、土塁、堀切などのパーツが揃った山城だった。

栃梨城を下山、ハートピアセンターに移動して早めの弁当を使い、先輩ガイドTさんによるミニ山城講座を開講。

腹ごしらえをし、一息入れ、用をすましたのち二つ目の荒木細工所城へと攻め入った。山麓の細工所砦の折れと横矢を持った虎口、広い曲輪、尾根側の大堀切を越える。伝によれば砦跡は荒木細工所城に対する明智方の付城というが、虎口のあたりを見ると明智方の改修があったようにも見える。砦跡より山上に続く山道を登っていくと中腹に出曲輪、そして、数段の腰曲輪を踏破すると広い主郭部である。

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中腹曲輪

荒木細工所城では、篠山東部の小学校三校が統合されたことを記念して狼煙リレーが行われた、そのとき、地元の方々が山上曲輪群の木々を伐採されたと聞いた。
今回のおもゼミに先立って下見に登ったのだが、山上曲輪群の木々はバッサリと切られてしまい、切られた木々が腰曲輪に乱雑に散乱している。これでは見学もままならない、というより城そのものが残念過ぎる状態である。ということで、T先輩、戦国倶楽部の面々らと無残な状態となってしまった山上曲輪を中心に整備作業に努めてきた。

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主郭南腰曲輪より鉄砲丸を見る
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曲輪と切岸
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主郭切岸と北腰曲輪

整備作業の成果もあって、今日の見学会では荒木細工所城の遺構をジックリ見ていただくことできたのではなかろうか。先の地元の方々の整備作業は残念なところはあったが、狼煙で繋がれた八ヶ尾山方面、八上城方面、籾井城方面の見通しは確保されていた。山城整備というよりは狼煙イベントが主体であったということで、その結果もたらされた山城遺構への配慮はなかったというしかない。 

戦国ブームが背景となった山城整備が各地で行われているが、その多くが木々を伐採し眺望を確保しすればよしというものだ。できれば、山城というものの意義と価値を見極めたのちに計画を立てた作業を望みたい。とはいうものの、地元の方にすれば余計なお世話だろうが…。 
posted by うさくま at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山の山城

2016年11月05日

日吉町に遠征、塩貝氏の家紋ウォッチ

DSG土曜会のあと篠山城跡で人待ち中。

日吉町の野化館跡と大戸塩貝城跡にチョイ寄り。塩貝城主だった塩貝氏の後裔という塩貝さんだらけの集落があり、破風というか妻に打たれた家紋を見ると「結び雁金」だった。

posted by うさくま at 13:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2016年11月03日

吹城跡で草刈作業オフ会

篠山の吹城跡で草刈作業オフ会。
参加者は三宅さん、鈴虫さん、そし自分の三人。

朝、霧の立ち込める中
西からのルートを探索してみた、道はないことはない。
三宅さんいわく、鈴虫さんを考えると
通常の登山ルートで行こうとなった。

汗を流した後は、ハナパラで懇親会。
posted by うさくま at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山の山城