2016年10月30日

長水まつりと五十波構、墓地をたどりつつ帰丹

昨晩、田舎に一泊し、朝から長水城まつりの会場に出かけた。
事前の情報で戦国倶楽部仲間のFさんが武者行列に参加するらしい、できればその勇姿を見てみようと思ったのだが会うことはできなかった。

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まつりの会場は長水城主・宇野氏の五十波構の一角で、かねてより訪ねてみたかったところであった。構跡に遺構を探してみたが、宍粟福祉法人さつき園の建物が一帯を占め、わずかに構跡の石碑が立つばかりであった。せっかくなので周囲を歩いてみると、後方の山上に長水城跡を控えた台地は天然の要害を感じさせる地勢であり、仔細に見ると曲輪状の平坦地も見えたような。

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長水城まつりは今日が第一回目といい、全体に地域のまつりという感を否めない荒削りなものであった。正直、長水城の歴史、赤松宇野氏のことなどもチョッと薄いな〜と思わざるをえなかった。これから回を重ねていくのだろうが長水城と赤松宇野氏の歴史がもっともっと世に知られる「地域の戦国まつり」に育っていてほしいと願う。

相方が金谷集落に寄りたいところがあると言い、五十年前に通っていた山碕南小学校(当時は城原中学校)後方に位置する金谷集落に。相方が求めた家は臨んだところではなかったようで、すぐ近くにあった金谷山部l古墳に寄ってみると村墓地と同居していた。そこで、墓紋ウォッチをすると片山「三つ巴」、鶴崎「桔梗」、竹沢「違い矢羽根」、光岡「剣カタバミ」、大前「五三桐」、高井「三つ巴」など中学校の同級生だった彼ら彼女らの名字と家紋がズラリ、そうかこういう家紋だったんだ〜と、なんといおうか懐かしい気持ちを味わったことだった。

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丹波へは高速は使わず地道を利用、道々に見つけた墓地に寄り道をする。夢前前之庄、ついで福崎大貫の墓地にお邪魔した。大貫では河島家の「三つ重ね鷹羽」、吉識家の「四方木瓜に巴」「三つ巴」「抱き沢瀉」、埴岡家の「三つ重ね鷹羽」「九曜」「五瓜に唐花」などの家紋、家々がなんとなく微妙な縁で重なり合っているような印象を受けたのであった。

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篠山にたどり着いたところで、この前、チョッと立ち寄った未調査の墓地で家紋探索。園田株の墓地では定番の「三つ巴」、そして、波多野家の墓石には「丸に出十字」紋が刻まれていた。大沢集落の村墓地では、藤田家「三つ柏」、小林家「カタバミ」、岡本家「剣カタバミ」、そして源家がズバリ「笹竜胆」紋であった。

こうして、一泊二日の帰省の旅は、ほぼ墓地からみで終わった。お付き合いいただいた相方には相済まないことであった。
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2016年10月29日

丹波・篠山、ややこしい

今朝、放送していたNHKの番組、丹波篠山と言いながら、半分は丹波市だった。神戸からは丹波といえば丹波篠山と思われてしまうのだな〜。丹波市、丹波氷上市としていたならば丹波篠山とゴッチャにされなかったのにね。


追記】いや番組に出た「丹波篠山」は丹波市と篠山市を併記したものだったのか? であれば「丹波・篠山」と中黒を入れるべきだろうし、「丹波」ややこしい〜 (°▽°)


 

高澤

旧国郡とイメージはだいぶ乖離し始めましたね。


田中豊茂

平成の合併によって、わたしの培った地理感が相当崩壊してしまいました。丹波市以外にも旧国名を新自治体名にしたとこがありますが、まぎらわしいこと夥しいですね。


安井博幸

旧国名をそのまま市名に使うのは僭越名称そのもので、厚かましいったらありゃしない。そもそも氷上郡やったんで、氷上市にすれば良かったのに。


田中豊茂

強く、同感です (^^)


亀井博美

兵庫にも京都にも丹波がまたがってるのがややこしい(_;)


田中豊茂

兵庫丹波と京都丹波と言い分けますが、京丹波、南丹という自治体名がこりゃまたややこしいです。国策で進められた平成の合併、失政だったと思わずにいられません ( ˙-˙ )


亀井博美

南丹は理解不能でした。なんでこの名前にするかなー?センスなし。だいたい私は丹波と丹後だけでもややこしかったのに(^^


Yoshimin Yamad

ごっちゃになってるうちの一人です (>д<) 県を跨いじゃってるので混乱しますね。私が訪れたのは兵庫側?レベルでごめんなさい。


田中豊茂

丹波篠山は兵庫丹波です ( ˙-˙ ) 黒井城のある丹波市(この名前はホンットメンドー)もです。


山本晴朗

氷上市にする方がよいのか、たんば篠山市にする方が早いのか?ややこしいですね。最初から思っていましたけど・・・


田中豊茂

住民投票では氷上市が一番多かったと聞きます。当時において、わたしも投票権があったとしたならば、絶対に氷上市派です。選挙の結果は結果として、妙な理由で氷上市ではなく丹波市になったそうですが、ありそうな話で残念に思っています。


田中豊茂

平成の合併において、新名称に批判が続出しながらも名称を再検討することなく合併した例は、北九州市、あきる野市、つづく平成の大合併ではさいたま市、西東京市、さくら市、東かがわ市、丹波市、淡路市、四国中央市、ふじみ野市、つくばみらい市、みどり市、にかほ市などがあるようです。伝統を云々する気は無いですが、地名に対するセンスというか、畏れは必要だったのでは? と思うのはわたしだけ?


亀井博美

住宅や企業誘致のために自治体が地名を変えるという事もありますね。南山城を例にとると、ボケ谷や隠れ谷などがそうでした。昔から慣れ親しんだ地名をそうした理由で変えても良いのか?と、すぐに議論が起こり立ち消えになりましたが、大きな企業から要求されると、住民感情を考慮して古来からの地名を大切にするのか、企業誘致で大幅税収アップを取るのかで小さな自治体は揺れてしまいます。私個人としては小奇麗だけどどこにでもあるような〇〇が丘とかより、国人領主の名を冠したところに住めて満足です(^^)v


高澤

地名変更は郵便事情や区画整理に伴う場合もありますし、維新では権力の移譲によることもありました。分村、新田開発や大規模造成でも地名は替わりますし、古くは諸国郡郷名著好字令というのもあります。地名変更は寂しいですが私たちが生きている時代も、ほんの一過程ですから、なんとも悩ましい問題です。
我々が慣れ親しんでいる県名や市町村名でさえ歴史は浅くそれ以前の地名を廃して成り立っているものも多いです。小字などはもう地籍をみないとわからないですし。できることなら自分が生きている間くらいは地名の変更がなければいいなとは思いますが、絶対に替えるなとも言えないもどかしさもありますね。幸いにもいまは地名の研究や記録保存も進んで、『日本歴史地名大系』などの本を開けば昔の地名を確認できます。
歴史好きは失ったものを偲び、そこから得られる幸せもあるのでいいのですが、せめて人に話すことで記憶の伝承ができるように努めたいですね(^^)


田中豊茂

おっしゃる通りです。国名だって、言葉だって、政治形態だって、ドンドン変わって行った結果、変わって行く過程ですからね〜 (^^)

posted by うさくま at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

姉夫婦と墓参に帰省(父の十三回忌)

なんとなく尼崎の姉と連絡を取り合って墓参に帰省。
いつも待ち合わせるショッピングセンターでの約束時間まで間があり、山崎図書館、図書館内の郷土資料館、山崎陣屋跡に寄り道。落ち合って、田中家の墓のある川と集落の村墓地に移動して先祖のお墓に手を合わせた。

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宍粟山崎藩一万石本多家の陣屋跡
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資料館で城下町の古地図を見る
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陣屋の古瓦に刻まれた立葵紋

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田中家の墓に参る

実家に帰ると、なんと、亡父の十三回忌ということが判明。本来なら法事ということになるのだが、兄弟揃ってなんとも親不孝なことである。今回の墓参帰省は、はからずも亡父が呼び寄せたものだったのかも知れない。

老母もまだまだ元気な様子で、兄の介護ぶりには頭が下がった。それに対して、末っ子として可愛がられながら、わが身の冷たさを思わずにいられなかった。
posted by うさくま at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年10月26日

信濃武家伝、最終校正を送信

振り返れば足かけ三年、やっと最終校正完了、送信

ひとつ背負っていた荷物を下ろせました。


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拙ウェブのコンテンツがベースになってますので、

どこまで鮮度をあげられたか? です。

作業は長丁場に呆然とすることもありましたが、

振り返ってみると、遣り甲斐もあり楽しかった 。

posted by うさくま at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年10月23日

池上本門寺の墓地をそぞろ歩き

東京に連泊して三日目。

相方は長女のところにしばらくスティすることになり、

とりあえず蒲田駅で別れて、池上本門寺の墓地を訪ねた。

東京にいたころ、一度、来て以来のことで何年ぶりのことだろう。


さて、池上駅から本門寺までそぞろ歩き、

文字通り門前町のたたずまいである。おりからイベントが催され

祭りのようなたたずまい、なんとも都会だな〜。


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本門寺は日蓮の終焉地であり、日蓮宗の大本山の一つだけに

その結構は豪壮なもので、見上げる石段を登ると伽藍に圧倒される。


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宝塔

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紀州徳川家の墓所

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能勢家の墓所

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能勢家の切竹十字紋

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狩野家の墓石

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狩野家の丸に三つ矢羽紋


お寺の境内は四方が墓地、まずは日蓮の遺灰が祀られている宝塔の周辺から

そこは、古い墓が多く、幕府絵師・狩野家の墓所、紀州徳川家の墓所、

能勢家のものと思われる墓所に出会えた。


さらに、周囲の墓地を歩き回ったわけだが、その広いこと

暑さも暑し、あっちへぶらぶら、こっちへぶらぶらしながら墓地を彷徨、

家紋ウォッチに時間を過ごした。


posted by うさくま at 11:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋

2016年10月22日

まごゲンの宮参り

今日はマゴゲンの宮参り。昨日、篠山から移動して蒲田に移動してホテルに一泊。

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鎌田駅で長女らと待ち合わせて、いざ、御嶽神社へ、電車でGo

御嶽といえば木曽だが、大田区の御嶽神社は戦国時代の天文期に創建されたものを、江戸時代の天保年間に木曾御嶽山で修業をつんだ一山行者が来社して以後、大いに隆盛したのだと社伝にあった。ここに三度お参りすると御嶽山に一度登ったと同じことになるらしい。

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都会のど真ん中にあるとは思えない、落ち着いた境内で随所に神紋「山に丸に三つ引」が打たれている。世襲の神職もいらっしゃって、早速、マゴげんちゃんの宮参りとなった。先方の親御さんと我々夫婦、総勢七人の宮参り、ギャ〜と泣くシーンもあったが、無事にお参りをすませ、境内を散策すると社殿の彫物や鎮守の森など見所は多かった。


お宮参り完了後、神社すぐのところにあるカメラ屋さんでマゴゲン家族三人に記念撮影。ここでも、ギャ〜と泣いて撮影が思うようにいかない。待っている間に近くのお寺にお邪魔して神紋ウォッチング鈴木さん、佐藤さん、近藤さん、ドンピシャの家紋! 小野寺さんは木瓜からの変形か?


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撮影が終わったあと、北所家が用意してくださったお店で会食。マゴゲンの宮参り式次第は無事に終わった。一旦、ホテルに帰り、改めて北所夫妻と蒲田駅で待ち合わせ居酒屋で懇親を深めた。


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別れたあと、蒲田の商店街をぶらつきながらホテルに帰ったのだが、町はハロウィン一色、変な人が徘徊してました。

posted by うさくま at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年10月18日

「おもしろゼミナール」のガイドに出動

丹波篠山は曇り空。予定通り公民館主催の「おもしろゼミナール」のガイドに出動。一応、天気はもちそう (^_^)

posted by うさくま at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山歩き

2016年10月16日

細工所城跡の整備作業

朝から細工所城跡でゴソゴソ汗をかいてます。

細工所城跡の整備作業に格闘中! 伐採木でメチャメチャになっていた北の曲輪と主郭からの道開け完了。あと細かい部分の仕上げと南尾根曲輪の整備作業だ。で、その前に一休み、チカレタ〜〜 (≧∀≦)

posted by うさくま at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山の山城

2016年10月10日

丹波篠山味まつりも3日目

丹波篠山味まつりも3日目。チョッと肌寒いけれど、快晴の青空が広がってます。今日も篠山口駅東口です。

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2016年10月09日

味まつり、2日目

丹波篠山味まつり、2日目スタート。今日は篠山口駅東口です。

posted by うさくま at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年10月08日

味まつり2016スタート

丹波篠山味まつり、市民センター側の受け入れ準備完了。空模様が気になるが、三日間のまつりがスタートです!


なんとか「あとがき」を作成、送信できた。あとは最後の校正チッェクを待つまでにこぎつけた。ここに至るまで、まるまる二年、長かった〜 (+_+)

posted by うさくま at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年10月01日

講座丹波学 第三講

講座丹波学 第三講 「中世荘園の遺産ー丹波国大山荘を中心にー」聴講中。

大山荘だけでなく、丹波全域の荘園についての話を拝聴したかった。とはいうものの、丹波全域では時間が全然足りないですね。来年の丹波学は「兵庫丹波の荘園」を期待したいな〜〜

posted by うさくま at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 聴講録

旧丹波国氷上郡船木庄で家紋ウォッチ

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旧丹波国氷上郡の船木荘域の家紋。特長としては「二つ引き両」「五本骨扇」紋が多いのは、井原庄・栗作庄から沼貫庄が久下氏の影響であろう「鷹羽」紋がダントツに多数派だったのと同様、氷上郡中から北部に勢力を有した荻野・足立氏の影響によるものであろう。
この地域らしい名字としては荻野・足立はおくとして、「竹知(桔梗)」「河津(庵木瓜)」「瀧本(桔梗)」「岸部(九曜)」が挙げられそうだ。戦国時代、船木荘一帯を所領とした「赤井」を名乗る家が意外と少なかったのは、赤井氏の歴史背景を考えさせる何かがありそうに思われたのは考え過ぎか。
ここも家紋の意匠は変わったものが少ないなかで、「平岩」家の「丸に弓」、原家の「枝柏」、久下家の「一番の角字」、井上家の「小文字」が目を引いた。また、黒井城を攻めた明智の家紋「桔梗」が妙に多かったのも印象的だった、かも。そして、巴紋・菱紋・亀甲紋・藤紋など他地域で見かける家紋が極めて少数派だったのもこの荘域の特徴といえそうだ。

井上家の「小文字」紋、古い墓石のなかには「矢車」紋も

意外と多い近藤さんは挙って「抱き鹿角」紋

丹波の川勝さんは氷上郡でも「立ち葵」紋

赤井家ゆかりの宝篋印塔、ゆかりを調べたいのだが・・・

posted by うさくま at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋