「おもゼミー ― 東部の国人編」。
この春からおりおりに進めている下調べのため、
篠山市東部地域を巡ってきた。
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北欧に旅立つ娘夫婦を送って尼崎へ、
リムジンバスで関空、そしてノルウェーへと発った。
おったらおったで嵩高かったが
いなくなったらなったで寂しいものだ。
これまで、相方の都合で出たり帰ったりしていたが
今度は相方ともどもノルウェーに腰を据えるようだ
おそらく、もう次女と 一緒に暮らすこともないだろう。
また、そうあってほしいものだ。
見送ったあと、尼崎駅近くに大黒屋を見つけ
軽く飲み食いして篠山へと帰っていった。
尼の大黒屋、なんだかメニューも少なく
料理もしょぼかったような・・・
ノルウェーで頑張っている婿がやってきた。
日本に置き去りにしていた次女を迎えにやってきたのだ。
ということで、おりからの雨のなか
娘夫婦と雨中のバーベキューとなった。
せっかくなので、この春に買った「丸の輪」を開けた。
冷蔵していなかったせいか、発酵が進んだようで
白濁してドブロクのよう。味もシュワッとして、
ドブロクティストかな・・・、でも美味い (^^)
ともあれ、次女夫婦も一緒に暮らすことになったわけで
めでたし、めでたし!ということだ。
戦国同人のM氏の発案で、炎天が予想されるなか綾部の山城攻めを強行。
M氏がリストアップされた攻城先は、小西城・小畑城・丸山城・大畠城・物部城・木坂城・八田城・沼ケ谷城・瀬尾谷城・姥ケ城の十城、すべてを制覇できるかどうか?
山城をマッピング
凝りもせず、炎天下の旧氷上郡山南町域で家紋ウォッチ。山本集落を皮切りに、五ケ野・小野尻・草部・岩屋の石龕寺、さらに大谷・畑内・下滝・上滝・安草の墓地を経巡った。
応永二年の再興を記す棟札が伝わる、山本の薬師堂
家紋そのものは、いわゆる田舎ぶりというのだろうオーソドックスなものがほとんどだった。が、村墓地には同姓同紋が多く、丹波地方で「株」と呼ばれる同族結合の名残が感じられるのであった。また、一昔前は株ごとに営んでいた墓所を、集落単位の村墓地化するところが増えたという。
昨日、攻略した備中松山城。下山したあとは、次女と別れて、城下町の一角を占める寺町界隈で家紋ウォッチを楽しんだ。
炎天下の中、三村氏墓所のある古刹・頼久寺を皮切りに、龍徳院、巨福寺、寿覚院、道源寺をめぐった。
三村家親・元親の墓
打たれた家紋は「根笹」???
続きを読む今日から夏休み、相方は長女のところで孫の世話をしている。
次女を誘って、かねてより思い描いていた備中松山城に遠征した。松山城は三度目の訪問となるが、城址まで登ったのは初めてのことであった。
六時半ごろ篠山を出発、滝野社インターチェンジから中国道に乗り、一路、備中へ。
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