2016年05月31日

熊野本宮の「八咫烏」紋を書いてみた

必要とすることがあって、熊野本宮の「八咫烏」紋を書いてみた。


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2016年05月22日

家紋研究会、合同ミーティング!

今日は日本家紋研究会と京都家紋研究会の合同ミーティング!
家紋のエキスパートたちが京都に集っている!のだ。


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家紋研究会の合同ミーティング、みんなの発表スゴイ!

いろいろと刺激を受けて丹波に帰還。

山城もよいけど、やっぱ家紋ですね?? (≧∇≦)

posted by うさくま at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 家紋

2016年05月21日

相方と娘と三人で鹿倉山登山

先日、先輩 T さんと鹿倉山登山ルートの一つ河谷コース探索で登ったとき、時間と体調の都合で無理せず途中下山した。今日も快晴、その先を登って鹿倉山の頂上を目指してみようと思う。


 

鹿倉山登山、無事達成。ルートが若干分かり難いところや、急斜面の登りもあったが、気持ちのよい山歩きができた。山のガイド本やネットの情報などでは、山頂からは素晴らしいパノラマ風景が楽しめるとあったが、残念、木々が成長したのだろう、まったくの展望ゼロであった。三和町からのルートには名水「轟水」や寺院跡、熊野神社があるとのことなので、そちらからもアタックしてみたいが、実現は・・・?
●ルートタイム:
09:32
スタート →09:40 稲荷・氏神 →10:05 分岐
10:39
炭焼き窯跡(お堂跡か?) →10:41 尾根の分岐
11:00
急斜面を登る →11:06 多紀連山を見る...
11:26
いい感じの雑木林 →11:41 頂上に到着 2時間10分の山歩き
下りは 1212 下山スタート →登り口に 1310 到着 58分でした。



posted by うさくま at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き

2016年05月19日

おもしろゼミナール・山城編の下見行

おもしろゼミナール・荒木氏の山城群めぐり のコース下見行。荒木城、貝田城、栃梨城を経巡ってきた。それぞれ個性的な山城だが、噂で聞いていた荒木城の整備結果にはビックリ、ガックリ、せっかくの素晴らしい遺構が残念なことになっていたのだった。一方、貝田城、栃梨城は、いわゆるホッタラカシ状態、ほどよい整備を願うというのは難しいようだ。許されるならば、手入れに汗を流したい(かも)。


今日の丹波は快晴。予定通り、秋に予定されているおもゼミの下見行。暑くなりそうな中の山城歩き、熱中症に倒れないようにぐわんヴぁろう ( ´ ▽ ` )ノ あ、ダニにも (^^)

向井集落から細工所城を遠望

細工所城跡、山麓細工所砦の山側堀切

山腹出曲輪の切岸と削平地

山上曲輪に残る土塁

主郭部切岸と腰曲輪、後方の山は鉄砲砦

北西尾根の堀切

八上城跡を遠望(整備作業の成果)


貝田城へ

貝田城跡、東の堀切

西斜面の横堀


栃梨城跡、曲輪切岸

北斜面の堀切

主郭南側の土塁

南尾根筋の二週堀切

主郭南直下の大堀切

西尾根の出曲輪跡


細工所城跡、木々が伐採されたのはよいのですが、切られた木々が曲輪に山積み状態。うっむむむむむ〜〜〜〜 (°_°) もう少しやり方を考えてほしかったです。


参考にさせていただく縄張り図は、三宅氏、周藤氏、高橋氏の作成になるものです (感謝)

posted by うさくま at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山の山城

2016年05月15日

蜷川氏にゆかりの山城をめぐる

南丹市園部に館跡と詰めの城跡とがセットで残る大戸片山城、中世において桐野河内と呼ばれていた一帯を治めていた蜷川氏の被官・片山氏が拠った城という。蜷川氏といえば「一休さん」に登場する新右衛門さん、その居城は蟠根寺城で大戸片山城の北方に遺構が残っている。天気も好いこととて京都丹波の家紋探索に出かけたついでに大戸片山城と、蟠根寺城跡登り口にあたる山麓の谷筋に残る蟠根寺跡を訪ねてきた。
大戸片山城も蟠根寺跡も荒れ放題の状態、とくに蟠根寺跡は倒れた竹木と湧水でグチャグチャではあったが、段状の削平地がよく残っていて石垣や石列も確認できた。往時、新右衛門さんもこの寺に参拝したであろうことを思えば、もう少し手入れをしてもよいのでは?
一方の大戸片山城、山麓の館跡は荒れているが削平、切岸など明確である。また、切岸を石垣で固め、石積の井戸跡が残っているなど、江戸時代のはじめごろまで使用されていたように見えた。館跡へ詰めの城から落ちてきた竪堀に沿って登っていくとアッサリと山上曲輪にたどり着く。城跡は南と北の曲輪群で構成され、中央部を堀切で区画し、南に伸びる尾根も堀切で遮断している。小ぶりな城だが、堀切側を土塁で防御し、曲輪の削平も悪くない。整備の手は入っていないが、見通しもよくまずまずの残存状態であった。
蛇足ながら、家紋探索の方は思っていた成果はあったのだが、家紋の図柄そのものは「田舎ぶり」というのだろうオーソドックスなものが多かった。

蟠根寺城 を見る

蟠根寺跡に残る石垣

蟠根寺 本堂跡の石列


大戸片山城を東北方から見る

山麓館跡

館跡の切岸石垣と井戸跡

竪堀を登る

南の堀切

南曲輪の土塁

南曲輪切岸と帯曲輪

南曲輪と北曲輪を区画する中央堀切

北曲輪の土塁

段状に続く北曲輪切岸

ふたたび南堀切

竪堀を下る

大戸片山城址近くの寺に片山家の墓所があり「三つ柏」紋、城主の後裔か?

同じく寺の墓地で見つけた高屋家の「揚羽蝶」紋、こちらも蜷川氏被官の後裔か?

posted by うさくま at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 丹波の山城

2016年05月14日

綾部、木坂城跡に登る

先日、「綾部の七百石町にある木坂城跡という山城は、遺構と歴史が素晴らしい」という情報をいただき、早速、登ってきた。城跡は道なき山の頂にあり、中腹から山上までの斜面には曲輪跡を思わせる地形が連続していた。雑木を掻き分け、倒木を乗り越えてたどりついた山頂の主郭部は、雑木が生い茂るものの意外と広い。城跡は主郭であろう広い山頂曲輪を主体として、南側と北側に腰曲輪を配し、主郭部から北西と北東に伸びる尾根筋を堀切で遮断している。
ざっと見た印象ではオーソドックスな山城であり、取り立てて「お〜っ!」と驚くほどのものでもなかった。が、主郭北の櫓台を思わせる土壇とそれを囲繞する横堀、南側の腰曲輪から主郭の切岸を経て主郭に入る虎口、そして、主郭と北腰曲輪を結ぶ登り土塁は見どころであった。とはいえ、木坂城の素晴らしさをどこに求めていいのか頭を捻っているところで、この山城に関する歴史(文書があるとのこと)を聞かなければなるまい。
木坂城跡登山で拾いものだったのが、白波瀬家の墓所と出会い、そこに彫られていた「古木柏(株柏)」紋に出会ったことだった。ほんと、綾部は古木柏紋が多い。

posted by うさくま at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 丹波の山城

2016年05月07日

相方と娘と三人で三岳クリンソウ鑑賞登山

天気もよさそうなので、相方と娘と三人で三岳クリンソウ鑑賞登山に汗を流した。火打岩から取りついて、クリンソウ群生地、水呑場を経てヨートギ谷コースを下山。しめて四時間の山歩きだった。


この土日でGWもおしまい。前から気に掛かっていた「Look 篠山」のタブレットにおける文字化けを解消するため、朝早くからシコシコとhtmlファイルと格闘!なんとか、作業完了!

posted by うさくま at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き

2016年05月05日

「丹波篠山-山開き」のガイド、無事に任務終了

「丹波篠山-山開き」のガイド、無事に任務終了。暑すぎもせぬ好い天気で、総勢20名の参加者の皆さんと快適(途中へばりそうになったが)な山歩きができた。

posted by うさくま at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き

2016年05月01日

大阪の城友と八上城を攻める

大阪からはるばる来篠してくれはった若い城友二人を案内して、篠山の山城を攻めた。まずは、八上城からスタートして昼食をとったのち、奥谷城(蕪丸)、野間砦、般若寺城、淀山城をめぐった。あまりの暑さに足がヘロヘロになりかけたが、なんとか五城制覇、怪我もなく無事解散
posted by うさくま at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山の山城