「高生田城跡 見学会」に参加して高生田城跡攻め、
ガイドは山名城跡保存会会長の西尾先生。
高生田城は和田山から出石へ通じる糸井街道の傍らにある山城で、
かねてより登ってみたいと思っていた城だ。

高生田城跡から和田山方面を見る
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朝、ホテルの部屋から外を見ると台風を予感させる曇り空が広がっている。
天気予報を見れば「曇りのち雨」、しかも台風が接近しているとのこと。
ともあれ、予定通りに八上城のある高城山に出発、
運を天にまかせて八上城に攻め上ることにした。
雨を予感させる八上城跡を見る
今月のはじめ、「兵庫・ブロガー100人戦国トリップ」に応募、
「たびたび城たびブロガー」の一人に、めでたく選んでいただいた。
丹波エリアの山城をターゲットにした戦国トリップのプランは、
14日(土)・15日(日)の一泊二日で
題して「丹波篠山、三大戦国山城をめぐる」 というもの。
丹波篠山の城といえば藤堂高虎の縄張りになる篠山城が
あまりにも有名に過ぎるが、波多野氏の拠った八上城を筆頭として
市域には六十以上の戦国城砦群が残っている。
そのなかから、手前勝手に八上城・籾井城・細工所城の三城を
「丹波篠山―三大戦国山城」と銘うってディープな山城攻めに汗を流した。
まず初日の14(土)は、細工所城跡と籾井城跡を踏破。
いずれも、波多野氏が拠る八上城の東の備えとして明智軍を迎撃
落城の悲運に見舞われた山城だ。とくに「丹波の青鬼」と恐れられた
籾井城主籾井綱利の奮戦は篠山戦国史における語り草の一つとなっている。
細工所城を見る
細工所城、籾井城ともに山頂に主郭を置き、主郭より伸びる尾根筋に曲輪群を配した
縄張りで築かれている。城跡を歩けば丁寧に削平された曲輪、明確な切岸、
尾根を遮断する堀切、出曲輪などの山城パーツが揃っているところだ。
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