2011年10月31日

兜作り教室、いよいよ最終日

暑い盛りの七月の末にスタートした「手作り兜教室」、
悪戦苦闘すること四ケ月、ついに最終日を迎えた。

兜教室最終日_01

今日の作業は、前回、悪戦苦闘したシコロの糸通しの続きである、
兜教室の兜は三枚シコロ、ということで三枚のシコロを威す
三枚の繋がりのバランスを見ながらの作業は、ため息の出る難しさだ。

兜教室最終日_02

なんとか三枚を繋いだあとは、シコロを鉢に装着する作業となる。
この作業は、バランスと装着具合に熟練の経験がモノをいうところだけに
T先生に手とり足とりしていただいてなんとかクリアすることができた。

兜教室最終日_03 兜教室最終日_04 兜教室最終日_05

鉢にシコロを付けた姿は、いい感じの兜である。
かくして、最後の仕上げとなる眉庇と吹き返しの装着、
そこへ家紋を施した前立を付ければ 「完成!」 である。

兜教室最終日_06

今日の作業半ばに神戸新聞の取材が入り
完成後、改めて取材を受け、完成した兜を付けて記念撮影となった。

すでに季節は秋、長かったような、短かったような。
つぎは、鎧作りという声もあるが、その工程を思うと途方に暮れるしかない。
鎧作り…、おおいに心は動かされるが、サテサテどうしたものやら。


兜教室最終日_07

完成した兜は、
篠山市民センターのロビーで展示されています。

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2011年10月30日

雲部車塚古墳シンポジウムを聴講。

いま、篠山市立歴史美術館で
旧石器から篠山城まで「発掘が語る丹波篠山」展が開催されている。
文字通り、原始時代から古代、中世、そして近代までの篠山の歴史を
発掘品から感じ、学ぶことができる格好のイベントである。

発掘が語る丹波篠山

展示とは別に、さまざまなイベントも企画されていて、とくに注目していたのが
シンポジウム 「丹波の王墓、雲部車塚古墳の謎にせまる」 であった。
篠山の歴史的遺産といえば波多野氏の八上城、篠山城というのが有名だが
それ以上に価値を有する歴史的遺産が「雲部車塚古墳」といっても過言ではない。

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posted by うさくま at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 聴講録

2011年10月23日

篠山味まつりの最終日に繰り出す

昨日来、篠山に滞在中の二女と相方の三人で
最終日となった「篠山味まつり」会場に出かけてきた。二女の目的は、ササヤマルシェ。
ササヤマルシェ会場は、河原町妻入商家群を歩行者天国にして
食べ物屋さんや、骨董品屋さんが蚤の市のような感じで並び
篠山名物の枝豆、栗などもワイワイと販売されている雑駁な縁日というべきものだ。

二女お目当ての店で面白い形のスプーンを購入(二女にプレゼント)
そのあと、丹波青磁で売り出そうとしている「王地山焼」の工房を見学
せっかくなので、南馬出しから大書院をまわって、味まつり会場へ。
今日は朝から愚図ついた天気ということもあって、
初日のような人出はないが、それでも多くの人で賑わっていた。

ササヤマルシェ_201101

ササヤマルシェ_201102

味まつり会場をあとにして、青山通りをブラリブラリ、
バングラデシュを支援しているという店に寄り相方と二女はなにやら買い物
そこから、ふたたびササヤマルシェへとブラブラと町中歩き、
普段なら車で通過してしまう道や、まず通ることのない道を歩いていると、
古い土壁とか、収穫の終わった畑、面白い名字などがあり、意外に楽しめた。
篠山川河川敷に停めた車に戻り、「さて帰ろうか」 ということになったが、
篠山川の南側に残っているという遊郭跡を 「探訪しよう」 ということに。

それらしい街かどを探してみると、なにやら玄人っぽい雰囲気を漂わせる
古い家並みを発見、あとで調べるとそこが遊郭跡であった。

篠山遊郭跡

篠山の遊郭には「阿部定事件」で知られる女性が遊女としていたことは有名で
いまも、崩れることなく残っている古い建物のどこかで客を引いていたのかと思えば、
妙に生々しい気配がして、残骸とはいえ遊郭のもつ妖しさを感じたことであった。

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2011年10月22日

マイセン磁器展 を鑑賞する

篠山市今田町にある兵庫陶芸美術館で開催されている
「マイセン磁器の300年展」 の招待券(いわゆるタダ券)をいただいた、しかも三枚。
ちょうど味まつりにくる二女を迎えに新三田駅へ行った帰りに
相方と三人でマイセン磁器の鑑賞と洒落こんだ。

その歴史はといえば、十七世紀ごろの西洋社会において
東洋で作られた白磁器は憧れの芸術品であった。
その開発製造に各国競って乗り出し、ドイツザクセンを治めるアウグスト強健王も
錬金術師、物理学者らに白磁づくりを命じ、十八世紀のはじめに製造に成功、
西洋磁器の歴史、すなわちマイセン磁器製造の幕が開かれた、と解説書にあった。

マイセン300年

マイセンといえば、バブルのころ、小洒落た友人や先輩たちが
ティーカップ、あるいは小皿を手に入れたなどと言っていたが
たしかに上品ないい感じの白磁器であったが、
ボジョレーヌーボー解禁の騒ぎに似て、ちょっと敬遠気味の気分があった。

今回、マイセンの磁器をその初めから現代まで見て思ったのは
あまりに装飾過多とおいうおうか、技を尽くした贅沢な造形の数々には
上品なモチーフで作られた、上品な白磁なのだが、
ジワッとこたえてくる脂っこい料理を食わされたようで、
表現は悪いがげっぷが出そうだった。とはいえ、小品にいい感じのものがあったので
由来を見てみると中国磁器の写しであった。

中国製のものに安らぎを覚えたのだから、入口の一角に口直しとして
色鍋島があれば…、と思ったのはわたしだけ?
ま、見てみないことには、その実像は分からないわけで
「マイセン磁器の300年展」 鑑賞は磁器を見るうえでいい勉強になった、…かも。

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2011年10月18日

手作り兜教室、七日目

手作り兜教室も、いよいよ七日目、
初日、キットを組み立てて、黒く塗って、穴を開けて
慣れない作業に悪戦苦闘の連続であった。

本日の作業は、しころの縅糸通し。
二百近く開けた穴に真田紐の表裏を確認しながら
ひたすら通すこと二時間ばかり…!

兜教室七日目01 しころ部分に縅糸を通す

もっとも面倒で、重要な工程をクリアだ。
これで、ほぼ一通りの作業が終わった。

兜教室七日目02
どうにか一通りの工程が終わった

次が最終日、なんとか完成に漕ぎつけそうだ。
さて、仕上がりや如何に!
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2011年10月16日

元亀争乱の道、白鳥越えを歩く

京と近江の境をなす京都東山の山並み、そこには、逢坂山越え・山中越え(志賀越え)・途中越・白鳥越えなどの古道が残っている。それらの道々は、古代から中世、戦国時代における数多の戦乱のなかで兵が往来した。


■ 京と近江を結ぶ道 (新修大津市史より)

白鳥_峠マップ

戦国時代、足利義昭を奉じて上洛した織田信長は天下布武に邁進したが、義昭との不和から諸国に割拠する群雄との戦いを繰り返すようになった。その発端となったのは元亀元年(1570)、越前朝倉攻めの陣をおこした信長に対して、浅井長政が信長陣営から離脱、その年の六月、信長は姉川の合戦で朝倉・浅井連合軍を撃破したものの滅亡にまでは追いこめなかった。その結果、朝倉・浅井氏らは一向宗、三好三人集、甲斐武田氏ら反信長勢力と結び、巻き返しを図った。
元亀元年九月中ごろ、浅井・朝倉連合軍は比叡山の支援もえて、近江湖西に進出、大津宇佐山城を攻め守将森三左衛門を打ち取り、大坂本願寺攻めに苦戦する信長を脅かした。

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posted by うさくま at 17:40| Comment(4) | TrackBack(0) | 京都の山城

2011年10月15日

盛りだくさんの予定で、京都へ遠征

明日、予定されていた戦国倶楽部のオフ会参加のため
京都の二女のところに泊めてちょうだいな、とお願いしていた。
せっかくなので、今度、東京に出ていくという知りあいの娘さんの餞別に
嵐山にある車折神社摂社の芸能神社の御守をゲット。
ついで、昨年来、呑み会が流れたままになっていた旧友夫妻と
河原町で待ち合わせて旧交を温めよう、などなど
盛りだくさんの予定をたてて京に遠征した。

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2011年10月14日

山科けいすけの 「SENGOKU」 は、お奨め!

先日、久しぶりに一杯やった友人が、山科けいすけ描く
『SENGOKU 上・下巻 (新潮文庫)』 を 「おもろいで」 といってプレゼントしてくれた。

山科けいすけといえば、ビッグコミックに連載されていた
「C級さらりーまん講座」が大好きで、かねてより、
めっちゃ贔屓にしている漫画家の一人だ。
酔眼をこすりながら帰りの電車の中で読みはじめると 「めっちゃおもしろい」
神戸から丹波までアッという間に着いてしまった。


山科けいすけ SENGOKU
表紙キャラクタの変化は、読んでのちのお楽しみ…、です。


さてさて、内容はといえば、
信長、家康、秀吉をはじめ光秀、勝家ら織田陣営の武将たちを軸として
それに武田信玄・上杉謙信・小田原北条一族、足利義昭、松永久秀がからみ
さらに服部半蔵、果心居士、飛び加藤、風間一族らの忍者、千利休らの文化人が
縦横無尽に登場してくる、一大戦国ギャグ叙事詩というべき代物である。

戦国時代好きの人であればあるほど、ギャグの切れ味の良さに
思わず二ヤリ!いやいや抱腹絶倒をすること請け合いだ。
ここまで戦国武将をギャグってしまった山科けいすけは 「スゴイ!」 漫画家だ。
すでに四回も読み返してしまった『SENGOKU』、いまや座右の書となってしまった。

・・・・・・・・・・
『SENGOKU』 
山科けいすけ著
新潮文庫 上・下巻 各500円

posted by うさくま at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2011年10月09日

念願の播磨柏原城攻めを堪能する

昨年、その存在を知った播磨柏原城跡。何度か登山を計画しながら実現には至らなかった。今回、宍粟城跡研究会のタケネットさんのお誘いであっさりと実現、しかもガイド役は播磨地方史・城郭研究家として知られた研究会会長の藤原孝三氏、願ってもない城攻めとなった。

柏原城址は、わが生家より揖保川を隔てた西方にそびえる国見山(現在、国見の森公園と化した)左側に見える山上に遺構が残っている。国見の森公園の登り口が、そのまま柏原城址への登山道となっていて、先年、山歩きコースの一つとして整備されたとのことだ。

柏原_遠望
国見の森公園登山口より城跡方向を遠望、…遠い!

前日より満を持して実家に宿泊、今日の待ち合わせ場所である宍粟市役所へ。参加メンバーはウサクマを入れて六人、みなさん初対面の方ばかり、タケネットさんは思っていた以上に若くてびっくり!まずはみなさんと挨拶を交わしてのち、藤原会長から縄張り図をもらい柏原城に関する歴史をレクチャいただく。かくして四駆車二台に分乗して、登り口となる国見の森公園へ出発した。

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posted by うさくま at 08:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 宍粟城郭研究会

2011年10月08日

東京からの来篠者を案内して山城めぐり

わたしの勤める会社が関係する篠山の伝統的磁器「王地山焼」の取材に
同行してこられた関谷剛さんを案内して篠山の戦国山城をめぐった。

関谷さんは東京大学医学部附属病院で免疫学を研究されているお医者さんで
とびきりの城好き、全日空の機内誌「翼の王国」に
「山野辺の鼓動 山城哀歌」というコラムを連載中という山城好きでもあった。

ともあれ、王地山焼の窯元で取材チームと落ち合い、
そこで関谷さんらと挨拶を交わし、戦国山城めぐりとなった。

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posted by うさくま at 06:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年10月07日

垣根がきれいになってグー!

生垣がなんとも凄まじい状態にあった庭、
秋を迎えたこともあって
相方が植木屋さんにお願いしてスッキリした。

生垣手入れ
野放図だった庭がスッキリ

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2011年10月05日

手作り兜教室、六日目

兜教室も、いよいよ六日目。
まずは、前回取り付けた星鋲の鉢内側に飛びだした尖がり部分をカット、
木工ボンドを塗布して抜けないように固定する。
ついで眉庇、吹き返しを仕上げ、鉢の装飾品を取り付ける
随分と兜らしい雰囲気が醸し出された。

兜教室六日目_01 兜教室六日目_02
鉢の内側には星鋲の尖がり    眉庇を仕上げる

つぎは、兜の内側の仕上げ。
まず、緩衝材を鉢の内側に貼り付け、赤布を内部に貼り付ける
これで、内側も見事に兜らしくなった。
ここまでの作業で約二時間。

兜教室六日目_03 兜教室六日目_04
鉢外側の仕上げがほぼ終了   内部に緩衝材、赤布を貼りつける

慣れない兜づくりとはいえ、時間は瞬く間に過ぎていく。
兜の仕上げ作業のあとは
シコロ部分の縅糸を通す穴開け作業である、
いま作っている兜は三枚シコロ、穴部分の型紙を切り出し
シコロに貼り付け、千枚通しで穴あけ部分をマーキングしていく

兜教室六日目_06 兜教室六日目_05
シコロにマーキング   マーク部に縅穴を開けていく

その数三百以上、ひたすら無言でマーキング作業を続けること30分
普段、することのない作業に手のひらと肩がめちゃめちゃ痛い!
マーキングしたあとはドリルポンチで穴を開けていくのだが
これが、老眼の身にはムチャクチャ難しい!
先生のサポートも受けながら一連の作業を終えたときは三時間経過していた。

兜教室六日目_完成
なんとも兜らしい雰囲気が醸し出された

兜教室は残すところ、あと二日となった、
次の作業は今日開けた縅穴に縅糸をひたすら通す工程となる。
開けた穴の数から推して、縅作業の大変さが思われ
兜教室は完成を目前にして最大の山場に差し掛かることになった。

posted by うさくま at 13:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 手作り兜教室

2011年10月02日

亀岡で「水木しげると妖怪文化」を聴講。

第63回コレージュ・ド・カメオカ「水木しげると妖怪文化」を聴講。
妖怪学の第一人者小松和彦氏、小説家京極夏彦氏の講演と
両者の座談会という構成で、ともに妖怪を語るときには欠かせない先達
待ちに待ったイベントであり、期待はいやがうえにも盛り上がった。

亀岡01 開演を待つ聴衆

まず講演は小松氏、京極氏が、存在そのものが妖怪の風格(?)を漂わせる
水木しげる大先生を語るというもので
両者の水木さんとの関わり、妖怪文化の醸成における水木さんの存在などを
それぞれ個性的な視点で語られた。

水木さんといえば、昨年の「げげげの女房」でその人生が語られた。
水木さんは、「鬼太郎」に代表される怪奇妖怪漫画家、
日本の風土から生まれ土着性をまとった妖怪たちをビジュアル化した妖怪画家
そして、自分の人生を笑い飛ばす洒脱な味わいのエッセイスト、
などなど、多彩な表情をもった天才的器用人である。

小松氏と京極氏の講演は、それぞれ面白かったが、やはり水木先生に比重が偏り
妖怪文化という面を期待したものには、
ちょっと肩透かしを食ったような気分が残った。

座談は、妖怪文化が前面に出てきて面白かった。
水木さんの妖怪画は江戸時代の妖怪画などを再生したものが多く
それを日本文化の伝承者というのは、ちょっと違和感があったが
むかしのものを現代に甦らせたことは事実であり、プロの仕事というべきものだ。

かくいう筆者も水木ファン半世紀になろうとしているが
これまでも水木漫画の浮沈はあったが、その都度、不死鳥のように甦ってきた水木先生
まさに妖怪とよぶにふさわしい人生の大先達ではある。
最近、新作が登場しないのが残念だが、それを補う膨大な仕事の蓄積があることとて
その偉業が小松氏、京極氏らによって体系化され後世に紡がれることを期待したい。

亀岡02
会場から散会する聴衆、思っていたよりも空席が目立った

最後に質疑応答の時間がもたれ、何人かの方が質問に立たれたが、
その内容にはびっくり、すべて、両氏が話された内容ではないか!
人の話はちゃんと聞き!咀嚼し!そのうえで疑問をぶつけて欲しいものだ!

posted by うさくま at 16:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年10月01日

明智の黒井城攻め、陣城をめぐる

今日から十月、今朝の丹波はドンヨリとした曇り空、吹く風も寒い、いよいよ秋本番です。
十月初日の城攻めは、黒井城攻めの時に明智光秀が築いたという丹波春日の陣城をめぐってきた。週間天気予報では「雨のち曇り」であったが、城攻めにはいい感じの晴れ空となった。

黒井陣城_黒井城遠望

黒井城攻めの陣城は、それぞれの距離が近いこともあって、朝日城跡を皮切りとして、茶臼山城跡→惣山城跡→野上野城跡→小富士城跡→白毫寺城跡→長谷城跡 と七城を制覇することができた。
七つの城砦は個性もさまざま、歴史もあれこれ…、ともあれ、明智の黒井攻め陣城めぐりリポートです。

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posted by うさくま at 20:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 丹波の山城