2011年08月28日

山名四天王の一人田結庄氏の鶴城に登山

山名氏城跡保存会の「山名四天王の城見学会 ― 鶴城址」に参加して、久しぶりに戦国山城を攻めてきた。応仁の乱の立役者のひとり山名宗全が出た但馬の山名氏には、垣屋・太田垣・八木・田結庄氏らの四天王とよばれる家臣がいて勢力があった。その一人である田結庄氏の居城が鶴城址である。案内役は但馬の中世山城に精通された西尾会長、いやがうえにも期待は盛り上がる。

午前八時半に大石りく母子の像の前に集合、参加者はわれわれを含めて約二十人であった。まず、すぐ背後の山上に築かれた備後衆城を見学する。備後衆城は山名政豊と俊豊父子が争ったとき、俊豊を応援する備後衆が築いた山城である。山腹に正福寺が再建されたときに南の堀切が埋められたというが、主郭の土塁、尾根筋の堀切、北斜面の畝堀などがよく残っていた。

備後衆城_登る 備後衆城_堀切
備後衆城へ   備後衆城主郭東方の堀切

備後衆が拠った城というわりに規模は小さいが、サクッと登れて、コンパクトにまとまった遺構群をサクッと探索できるところであった。備後衆城址を下山したあと、夏の陽射しのなか鶴城址へと移動する。

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posted by うさくま at 18:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 山名氏城跡保存会

2011年08月27日

播磨太子町に朝日山古戦場を訪ねる

若くして旅立った友人の葬儀に参列したのち、葬祭場すぐのところにある朝日山古戦場を訪ねた。
むかし、播磨島津氏の歴史をしらべたとき、『播陽古城記』に天文三年(1534)八月の朝日山の合戦で島津忠長が討死にして播磨島津氏の嫡流は断絶したとあり、いつかは訪ねたいと思っていた。
ひょんなことで実現したわけだが、
亡き友からの参列に対するお返しであったのかも知れない。

朝日山_見る
朝日山を南方より見る

伝承によれば、朝日山の合戦は三度あったというが、
それぞれの戦における兵力、戦況などの実態は不明なところが多い。

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posted by うさくま at 10:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2011年08月22日

手作り兜教室、三日目

今日は手づくり兜教室、三日目の受講。
 
本日の作業は、前回に塗ったセメントを紙やすりで磨き上げ、
シーラーを塗り、黒ペンキを塗るまでの工程。

ひたすら紙やすりで磨くこと二時間、
教室に響くのは、ゴシゴシ、シャリシャリという音ばかり…
磨きあげたのち、黒ペンキをたっぷりと塗りつける

兜教室三日目01

おぉ〜!黒光りをした鉢が
重厚な雰囲気を醸し出す、なかなかいい感じになってきた!

兜教室三日目02

ここまで三時間の作業だ。
次回は、黒ペンキの二回目の塗りとのこと、
十月末の完成まで、講座はまだまだ続く。

posted by うさくま at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 手作り兜教室

2011年08月21日

百合の花が咲いた

庭にばらばらと生えていた百合に花が咲いた。

世間と比べると相当遅い開花だが
夏草におおわれた庭がチョッと華やいだような…

百合の花01

百合の花02

ついでにこの夏、
我が家の庭を彩ってくれた花々−

庭の南天 庭のぎぼうし 庭の赤い花

庭の桔梗 庭の白い花 庭の槿

雑草の多い、がしゃがしゃとした小さな庭だが
四季折々に花が咲き、移りゆく季節を感じさせてくれる。
たまにはBBQも楽しめるし、
それなりに気に入っているのだ。

posted by うさくま at 14:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 花便り

2011年08月20日

山崎合戦の故地を訪ねて京都へ遠征

 
今月はじめ、山崎の合戦において光秀が掘らせたとみられる横堀跡が発見された。
大山崎歴史資料館で催される講演会「城館遺跡から見た茶道具の世界−戦国時代を中心として」の聴講と併せて出かけてきた。
横堀跡に行くには、JR長岡京駅、もしくはJR大山崎駅・阪急大山崎駅が最寄り駅となるが、そこから歩くには遠い…、かといってバスの便も悪い。そこで、レンタサイクルを調べると阪急大山崎駅に発見、空模様が気にかかったがそれを利用することにした。
山城めぐりのときにも痛感することだが、いまの日本は歩く人に不親切極まりない。車ありきの便利な社会、ガソリンをまき散らすエコな社会などと言っているのがチャンチャラ可笑しくなる。(もっとも自分もその一員なのだが)

山ア城からの眺望
大山崎城址から山ア古戦場を見る (光秀本陣は左手の山の向う)
 
さて、大山崎駅をスタートして長岡京市へ走る。移動するスピードで見える景色は違うというが、その通りで山崎城址のある天王山を横目にしながらの古い街道筋、普段なら見過ごしてしまうところもチェックできる。加えて、自転車で横堀めがけて走っていると、山崎の合戦において明智軍に攻めかかる羽柴軍の騎馬武者気分である。

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posted by うさくま at 06:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史探索

2011年08月15日

摂津と丹波の国境、永沢寺で蕎麦を食う

夏休みを利用して帰ってきていた次女を送って
三田駅に向かう途中で、摂津と丹波の国境、永澤寺で蕎麦を食った。

永澤寺は、南北朝時代の末期、ときの丹波守護であった細川頼之が
後円融天皇の命を受け、通幻寂霊禅師を開祖に迎えて建立した曹洞宗の寺院で
通幻禅師ゆかりの寺院は8900ケ寺を数え、篠山の洞光寺もその一つである。
いまでこそ門前を摂津三田から丹波篠山を結ぶ道路が走っているが
開山当時は修業にふさわしい山間の別天地であっただろう。
それがいまは 「花と仏と蕎麦の里」 をスローガンとした観光地となっている。

永沢寺勅使門
花しょうぶ園より勅使門を見る
永沢寺蕎麦 とろろ蕎麦とざる蕎麦

いつも思うのだが、神社が森閑とした清しい空気を保っているのに比べて
お寺は、ややともすれば観光と墓地経営に堕したところが目立つような…。
篠山の西部にある古刹などは、いつの間にやら戦国コスプレのメッカになっていた。それがいいとか悪いとか言う気はないが、やはり宗教者としての心根を疑ってしまう。

そんなことをウダウダと考えながら食した永澤寺の蕎麦ではあったが
値段も手ごろで、結構おいしかった。  
わざわざ食べに行くには少し遠いが、
歴史好きの友人などを案内するにはいいところかもしれない… かな。
posted by うさくま at 18:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年08月14日

先週に続いて、またまた竹田城跡に登る

夏休み、子どもたちが打ち揃って帰省してくれて
昨晩は恒例のBBQで盛り上がった。
「今日はどうする?」 ということで、
長男の嫁さんの希望で青垣にあまごの掴み獲りに行こう!
そして、あまご料理に舌鼓を打とうということになった。


夏2011_あまごや

ところが、「予約で満席」、田舎のことでもあり油断したのがいけなかった。
さて、どうしようと悩んだすえに竹田城跡に登ろうと決定
急遽、予定を変更して竹田城跡へと車を走らせた。
先週に引き続いて、これで何度目の訪城だろうか…

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posted by うさくま at 14:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年08月12日

山崎本多藩、記念館に行く

今日から夏休み。
おりから帰省している長女と相方と三人で墓参に帰省、調べ物をしに図書館に寄った。
目的は戦国倶楽部オフ会でご一緒したSさんのルーツがわたしの出身地山崎にあるとのことで、かねてより気にかかっていたのだ。

Sさんのご先祖は山崎藩本多家中の武士であったとのことで、本多家の分限帳を見ることができれば、すぐに判明すると思っていた。ところが、図書館の司書の方に聞いたところ本多家の古い史料は図書館に保存されていないという。とはいえ、資料館に蔵されている古地図のなかにSさんの先祖にあたる人物の名前を発見することができた。

山崎藩古地図

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posted by うさくま at 19:00| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記

2011年08月08日

「人物の語る戦国の城」第五回を受講しに大阪遠征

今日はひさしぶりの大阪遠征、毎日文化センターで開かれている講座「人物の語る戦国の城」の五日目を受講してきた。今日のお題は、「戦国最後の京都攻防戦-織田信長と浅井長政の戦い」である。

永禄十一年(1568)足利義昭を奉じて上洛した織田信長は、天下取りレースの一番手に躍り出た。元亀元年(1570)四月、越前朝倉義景攻めの陣を起こした信長は、浅井長政の寝返りによって京に逃げ帰った。六月、信長は徳川家康と連合して近江姉川で浅井・浅倉連合軍を撃破したが、息の根を止めるまでにはいかなかった。九月、本願寺・武田氏らと結んだ浅井・朝倉連合軍は近江西部に進出した。いわゆる元亀争乱の始まりであり、浅井・朝倉連合軍には三好三人衆、比叡山なども味方したことで、織田信長は人生最大の危機に陥った。

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posted by うさくま at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 聴講録

2011年08月07日

真夏の竹田城跡に登り、BBQを楽しむ

職場の同僚と、仕事仲間と連れだって真夏の竹田城に登った。
参加者は七人、山城に登ったことのない人が多いこともあって
いちばん楽々な中腹の駐車場から登るコースをチョイス。
 
竹田BBQ_登る 暑い陽射のなか急坂を登る

のっけからの急坂を登り御花畑曲輪へ
そこから見える眺望、本丸の石垣群に一同まず感動!
石垣の間を通り、本丸曲輪への石段を登り
天守台への木梯子を登れば竹田城の本丸である。

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posted by うさくま at 07:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2011年08月06日

手作り兜教室 二日目

今日は、先月の二十五日ににスタートした
紙で作る兜教室の二日目である。

本来は明後日の月曜日に行われるのだが外せない用事があり、
今日、無理を言って特別にマンツーマンで開講をいただいたのである。
気持ちよく、応じていただいた講師の T 先生に深謝である。
 
前回の初日では、兜の鉢作りに取り組んだが
思っていた以上に難しく、文字通りの悪戦苦闘を演じてしまった。
作業の成果は以下の通りで、見ればとなんてことはないが
一時に作業をスタートして、終わったのは四時過ぎであった。 

兜教室初日 曲げて、テープで留めて、筋を付ける
 
さて、今日は兜の鉢を塗る作業である
刷毛や筆洗などの材料を近場のホームセンターで購入して講座に望む。
初日と同様に午後一時に開講、塗り工程の作業スタート
やはり、とっても難しい!
四苦八苦するところを見かねた T 先生の協力を得て何とか塗り終える

兜教室二日目
セメンを全面に塗り、水はけで滑らかにする。木製の台はT先生からお借りしたもの。

これで、やっと二工程の終了!
これから講座は六回続くことになるのだが
それぞれに行うであろう作業工程のあれこれを考えると、道は険しく遠い!

今回の講座は甲冑の「冑」の部分を作るだけだが
甲冑一式を作成する甲冑師の方々が有する職人技の凄さをかいま見た思いだ

posted by うさくま at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 手作り兜教室