2011年07月30日

連続講座 「近江の城郭‐歴史の舞台となった城」 に参加

かつて近江国とよばれた滋賀県には、1300箇所以上の山城遺跡が残っている。織田信長が築いた安土城址、六角氏代々が拠った観音寺城址、今年の大河ドラマで注目を集める浅井氏三代の小谷城など、有名無名の戦国城砦群が目白押しである。

先日、城郭ドットコムさんからの情報で滋賀県教育委員会主催の連続講座 「近江の城郭〜歴史の舞台となった城」 が開催されることを知り、さっそく第一回の講座 「和田城跡・和田支城跡」 に参加した。和田城は甲賀の有力武士和田氏の居城で、松永久秀と三好三人衆によって足利将軍義輝が殺害されたとき、奈良一乗院を脱出したのちの将軍足利義昭を庇護した和田惟政の城として知られたところだ。

甲賀_kouennkai
連続講座−朝の部の講演会場、戦国ブームを物語る大勢の参加者

以前、甲賀武士の歴史を調べたときに、佐治氏・三雲氏・山中氏・多羅尾氏らの城跡を巡った。和田城もターゲットとしていたのだが訪ねる機会に恵まれず、今日やっと訪城が実現した。情報をいただいた城郭ドットコムさんと待ち合わせて近江に出陣、一路、集合場所の油日駅を目指した。

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posted by うさくま at 06:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 近江の山城

2011年07月25日

手作り兜教室を受講する

手作り兜教室、第一日目に参加して、兜づくりにチャレンジ!
先生は篠山市内在住のTさん、
篠山城内の大書院に氏の手になる紙製甲冑が飾られている。
見たところ、本物そっくりの立派なものだ。
兜教室チラシ

教室の生徒は三人、少数精鋭?の人数
手作り兜の材料はキットで揃っていて、なんとなくプラモデルを組み立てる感じ
見たところ、簡単そうに思えたが
いざ作業を始めると、これが非常に難しい!

あれこれと失敗しながら第一日目を終えたが、
なんとも自分の不器用さ加減に先が思いやられることではある。
とはいえ、手先を使うことで頭の体操になる予感、
なによりも受講料、材料費が併せて三万円!!! ということでもあり、
十月末の完成を目指して、頑張らねば!
posted by うさくま at 18:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 手作り兜教室

2011年07月24日

夏草茂る、柏原八幡山城に登る

八幡山城といえば、豊臣秀次の居城として知られる近江の八幡山城が有名だ。調べてみると、駿河今川氏が築いた八幡山城、丹後一色氏が築いた八幡山城、近場では綾部の八幡山城などがある。八幡神社は武家の崇敬を集めた神社で、八幡信仰の広まりと武神として勧請されたことで全国的に繁衍、八幡(山)を冠した城跡は数多あるものと思われる。

今日登った八幡山城は、丹波氷上郡の首邑たる柏原に鎮座する柏原八幡宮の後方に築かれた山城である。柏原八幡宮は厄除八幡として有名な古社で、ここ数年は厄除祭になると破魔矢をもらうために参拝しているところだ。かつて、八幡宮に参拝したおりに八幡山城跡に登ろうとしたことがあったが、神社後方の登り口のあたりが草に覆われていたため断念、そのままいつか登ろうと思いつつ放ったらかしていたのである。しかし、柏原付近を通るたび、八幡宮の三重塔とその後方に聳える八幡山が否応なく視界に飛び込んでくる。

柏原八幡城_遠望
八幡山城を遠望、右手奥の山上に譲葉山城がある。
柏原八幡城_神社 柏原八幡城_大堀切
八幡神社拝殿と三重塔   八幡宮裏手の大堀切

そんなこんなで、昨晩、「八幡山城に登ろう!」と思い立ったのである。とはいえ、夏草が生い茂っていることが想定され「ひどい状況なら止めよう!」という軟弱な山城行ではあったが…、行った甲斐はおおいにあった!。

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posted by うさくま at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 丹波の山城

2011年07月18日

段ボール製甲冑を作る−組立

一昨日、パーツを作っておいた段ボール製甲冑を組み立てる
まず、袖、草摺などに縅紐を通す
ついで、胴の腹と背を縅紐で繋ぎ合わせ、
肩帯と胴とを繋げるように細工をする

段ボール_繋ぐ1
縅紐を通した跡、胴を組み合わせ、草摺を胴に繋ぐ。縅の紐は赤が良かったかも…
段ボール_繋ぐ2 段ボール_繋ぐ3
背と腹とはワンタッチで繋げるように工夫   型帯と袖を繋ぐ

ついで袖と肩帯、胴と草摺を繋ぐ
この作業は、紐の長さのバランスを測りながら
紐を通して結んでいくのは、思った以上に手間取った。

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posted by うさくま at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年07月17日

西光寺山、二度目の登山

三連休の中日、計画では青春十八切符を利用して岐阜城に登るはずだった。しかし、クマのチョッとした勘違いで中止となり、それならと相方の意見をいれて西光寺山に登ることにした。西光寺山は二度目の登山となる。前回は篠山側の今田より鷺草見物を兼ねて登ったので、今日は西方の西脇市側よりアタックすることにした。
西脇側からの登り道はいくつかあるようだが、もっともオーソドックスな双葉小学校からのコースを選んだ。小学校のかたわらより山に入っていくと、野外活動センター「中畑林間ファミリー園」 があり広い駐車場も完備されている。篠山市今田側の野趣に富んだコースと違って整備が行き届いているが、今田側には鷺草の群落を保存するという観点からも自然のままであってほしいと願う。

西光寺山_遠望
篠山から登り口にむかう道すがらに西光寺山を見る−高い!

ファミリー園からの登り口に立てられた登山案内板を見ると、双葉小からのコースは 「金鶏伝説の道」 と記されている。かつて西光寺山の山頂には山岳寺院があり、金鶏伝説にちなんで金鶏山西光寺とよばれていた。いまも、篠山今田側の中腹に寺院跡が残っており、往時の繁栄ぶりを偲ぶことができる。
広い登山道(林道) に踏み出すと、周囲は公園整備が進行中のようにも、計画が頓挫したようにも見え、いささか荒れた風情を醸し出している。林道を歩いて行くと、やがてコースは右回りと左回りに分岐する。標識を見れば左回りの方が200mほど短いが、まだまだ体力もあることだし右回りコースを登ることにした。

西光寺山_登り口 西光寺山_分岐
登り口の道標、頂上まで2kmだ   林道終点から山道に入る

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posted by うさくま at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き

2011年07月16日

段ボールで甲冑を作る−準備

この秋に行なわれる、八上城跡の合戦イベントで着用する
段ボールで作る甲冑の試作品を作ることになった。

材料は
屋根裏に放り込んでいた液晶パネルの段ボール箱
縅紐に使うアクリル製の紐(黒色・50m)
赤のラッカーペイント(赤備えにしあげる)
補強用に赤色のガムテープ
道具は
カッターナイフ、ハサミ(大きめ)、千枚通し、ステン製直定規(60cm)、Wクリップ

段ボール_材料

まず、先日、ボール紙で作った1/2スケールものをベースに
胴・袖・草摺 などパーツの設計図(型紙) を作り、段ボールを切り抜いてゆく

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posted by うさくま at 14:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年07月11日

福島さん山城講座、第四講を聞く

戦国山城研究の最前線を走っておられる大山崎町歴史資料館学芸員 福島克彦さんが講師をつとめられる、「人物の語る戦国の城」を聴講してきた。

これまで、
初講の「櫓から睨む髭の男-絵画資料からみた櫓の発達」
第二講「したたかな土豪たちの城-居館の発達と館城」
第三講「日本初の城壁都市-蓮如の専守防衛と寺内町」
と続き、今日は第四講「戦国籠城物語-松永久秀の多聞城とおなへ」であった。

第二講の居館の発達と織豊城郭の話、第三講の山科本願寺が有した城砦と都市の関係など、福島さんの講座は中世山城好きには堪えられない話題でいっぱいだ。
今日のお題である松永久秀の多聞城は近代城郭の魁となるもので、織田信長の安土城建設に大きなヒントを与えた城塞であった。

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posted by うさくま at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 聴講録

2011年07月10日

多紀連山、鍔市−小倉タワ−小金ケ嶽ルートを歩く

今日は朝から快晴、伸び放題になっていた生垣の刈り込みをした。
先日、相方が半分ばかり刈り込みしてくれていた残りを刈り込んだわけだが、時間とともにいやます暑さのなかでの作業、全身汗びっしょりとなった。生垣がスッキリしたあとはシャワーを浴びて汗を流しビールを呑む。「実に美味い!」、この一杯を楽しめためだけでも刈り込み作業をした甲斐はあったというものだ。

生垣刈り201107
スッキリとした生垣、これで秋までは大丈夫だろう

しばらくマッタリしたのち、多紀連山に登ろうということになった。
かねてより、筱見四十八滝を起点として小金ケ嶽・三嶽・西ケ嶽を巡り栗柄に下る多紀連山の縦走を企図していて、これまで断続的に多紀連山登山を続けてきた。今日は、まだ未踏の小倉タワより小金ケ嶽までのルートを歩くことにした。もっとも暑さの厳しい正午に出発するのだから、ウサクマも酔狂な族である。

小倉タワ_登る
真夏の陽射の下、小倉タワを目指してスタート!

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posted by うさくま at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き

2011年07月09日

加西市の 「ふるさと再発見ハイキング」 で山下城跡登閣

梅雨明けの酷暑のなか、加西市観光まちづくり協会が主催された“ふるさと再発見ハイキング 「山下城跡登閣と古刹常行院」 ”に参加して加西の町を歩いてきた。

目当ては、当然というべき山下城跡への登城である。山下城跡の存在は、迂闊にも今回のイベント告知ではじめて知り、城主が浦上久松であったということも同様にはじめて知った。加西市のふるさと再発見ハイキングは今回で三度目の参加、昨年の赤松氏系の河内城、小谷城を含むハイキングは期待通りのもので楽しませていただいた。それに対して今回の山下城は、予備知識のまったくない、ほとんど白紙状態での山城行で、修験系の寺院に始まるという常行院にも惹かれて申し込んだのだった。

加西_駅
気動車に乗って播磨横田駅に移動する

ともあれ集合場所の北条鉄道北条町駅へ駆けつけ参加者名簿に記入、見れば参加者はウサクマ含めて十人、昔懐かしい一両仕立てのディーゼルカーに乗って一つ目の播磨横田駅まで移動する。

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posted by うさくま at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 播磨の山城

2011年07月03日

戦国倶楽部−名古屋の陣、二日目。

昨晩、懇親会で盛り上がった名残のアルコールを身にまとって二日目の城攻めに出陣!

名古屋城を経由して、今日最初の城攻めの地−末森城へ。末森城は織田信秀が今川・松平氏の尾張侵攻に備えて築いた城で、のちに織田信長の弟信行が城主となり、信長と信行が織田家の家督をめぐる合戦の舞台となったところである。城址は街中の丘陵上にあり、かつての本丸跡には城山八幡宮が鎮座し、大学の学舎も建っている。少なからぬ改変が加わったと思われるが、都会にある城址としては、空堀・土塁、曲輪切岸、櫓台などなど遺構はよく残っているように思われた。

名古屋_末森01
主郭部に鎮座する城山八幡宮−恋の願掛けにご利益があるそうだ。
名古屋_末森02 名古屋_末森03
八幡宮の神紋−橘   見事に残った末森城の横堀跡

末森城でyoichiさんとさのすけさんと合流、ひとわたり見学したあと次の目的地−小牧城へと移動する。

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posted by うさくま at 08:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 戦国倶楽部

2011年07月02日

「戦国を語ろう in NAGOYA」第一陣

今年二月に催された京都の陣に続いて、一泊二日の戦国三昧企画、「戦国を語ろう in NAGOYA」である。
佐吉さん、播州さん、そして播磨屋の大阪組は尼崎駅に七時半集合、名古屋・岐阜組との待ち合わせ場所である岐阜駅を目指して名神高速道路をひた走った。

今回のメーン企画は岐阜城の登山で参加メンバーは、大阪三人組とさのすけ殿、骨殿、筑後川殿、KIKI猫さん親子の計八人である。天候は予報を裏切る快晴で、城攻めには絶好のコンディション、城攻めルートは最もきついとされる馬の背道、一昨年、某テレビ局の番組収録で登ったコースだ。おりからの暑さもあって、馬の背を登ったのは、播州さん、さのすけ殿、KIKI猫さん親子、そして播磨屋の五人となった。

名古屋_岐阜城01 岩場を激登りする…若者は元気だ!

馬の背は岩場の続くきつい急斜面をひた登る道だが、おりからの木々の緑がいい感じで、風もさわやか、道そのものもしっかりしていて城攻めの気分を堪能できるところである。

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posted by うさくま at 06:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 戦国倶楽部