2011年05月15日

朝倉氏の本拠、一乗谷館と一乗城山を攻める

朝倉氏の本拠地である一乗谷は、山麓の朝倉氏居館を中心とした城下町跡と、朝倉館跡の背後にある標高473mの山上に遺構が残る山城址とがセットになっている。応仁・文明の乱を好機として主家斯波氏に代わって越前守護職になりあがった朝倉孝景が、それまでの拠点であった黒丸館から一乗谷に移したもので、朝倉氏の代々が城下町として整備してきたところだ。

越前朝倉氏は但馬国養父郡朝倉から起こった武家で、南北朝時代に一族のひとり高景が足利氏に属して活躍、恩賞として足羽荘を与えられて越前に移り住んだことに始まる。以後、乱世を巧みに泳ぎきって戦国大名へと飛躍し、戦国時代の義景は近江の浅井長政と結んで織田信長と対立したことは今年の大河ドラマでも描かれた通りだ。

城下町跡は昭和四十年代に始まった発掘調査の成果による遺跡の保存・整備と、発掘調査を踏まえて復元された一部の町並みが戦国時代の姿を彷彿させる素晴らしい戦国史跡公園となっている。一乗谷は北の城戸と南の城戸で厳重に防御され、谷筋がそのまま城といってもよい構造となっている。

一乗谷マップ

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posted by うさくま at 05:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国倶楽部