2011年02月19日

講座「丹波学」第四回を受講

講座「丹波学」第四回を受講。
講師は南丹市立文化博物館学芸員の井尻智道氏、テーマは「丹波に延びる鉄路」である。

日本に蒸気機関車が持ち込まれたのは、江戸時代末期の嘉永六年(1853)ロシアのプチャーチンが模型を、翌七年にアメリカのペリーが乗車可能なものを持ってきたのだという。それから約二十年後の明治五年(1872)、新橋と横浜を結ぶ日本初の鉄道が開設された。わずか五年前までは武士の時代であったことを思うと、明治維新というのはビックリする時代であった。
それから十八年後の明治二十四年、いまの福知山線の前身にあたる鉄道が開設され、ついで二十九年には山陰本線の前身である京都鉄道が着工された。このように明治時代は私鉄のブームで、日本全国で鉄道が敷設され、丹波へは大阪から、京都から鉄路の建設が進められたのであった。

講座丹波学-四回

鉄道がどんどん敷設され、やがて国有化されて国鉄となる一方で、私鉄も次々と開業されて、鉄道の全盛時代が到来したことは、よく知っているところだ。しかし、その背景はといえば、知らぬことが多い。今日の講義では、丹波に鉄道が延びて来る歴史、社会生活に及ぼした影響、さらに鉄道の収支まで、数々のエピソードを交えて話していただいた。
鉄道が通ると、その振動で家が壊れるとか、機関車から排出される煙で火事が起こる。あるいは、駅ができることで平穏な生活が乱される、といったさまざまな反対があり、実際、排煙が原因で火事が起こったこともあったという。いまから、考えれば笑い話のようなことも多いが、そのような歴史が積み重なって今の時代が現出した。かつて国家の動脈であった鉄道も、いまではモータリゼーションの攻勢によって衰退の色を濃くしている。

今日の講義は、単なる鉄路の歴史を学ぶというだけではなく、
新しいものに対する明治日本人の貪欲さというか凄まじさ、それに加えて
世に生まれ来るものの避けることのできない栄枯盛衰を実感させられるところがあった。
posted by うさくま at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 聴講録

2011年02月18日

北河内、交野界隈を歩く

昨日より、相方の実家がある大阪にいる。
せっかく大阪にいることでもあり、今日は安見氏の拠った私部城を探索に出かける。
いまは学研都市線と称されるかつての片町線で河内磐船へ、そこで、京阪電車に乗り換えて交野市駅まで約三十分の道行きである。むかし、片町沿線に住んでいたころに比べて電車はキレイになり、かつて一時間に一本だったところに快速までも走っている。
この世の中の変貌ぶりから、私部城も開発の波にさらされているのでは?などと思いつつ交野市駅を下車、図書館で資料をゲットして私部城に向かう。

私部城のある交野市駅の東側の街は、昔ながらの家々が立ち並び、その一軒一軒の見事なこと、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような佇まいである。
案内看板をみると、重要文花財北田家住宅を発見、ちょうど私部城へ行く途中にあり、立ち寄ってみると、これまた素晴らしい長屋門の旧家である。かつては一帯の代官をつとめ、子孫も健在だという。さらには、私部城主安見氏の重臣であったといい、なんとも驚くべき歴史を有した家であった。

交野-北田家住宅
北田家北側の土塀

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posted by うさくま at 14:50| Comment(3) | TrackBack(0) | 街歩き

2011年02月17日

柏原八幡宮厄除祭りに参拝

今年は、相方が厄年にあたるそうで、
丹波市にある柏原八幡神社の「厄除大祭」に行ってきた。
大祭は毎年17・18の両日に開かれ
古くから「三たん(丹波・但馬・丹後)一のやくじんさん」として親しまれている。

柏原-八幡社殿

昨年、買い求めた破魔矢を返納しして、本殿へ。
今日は初日というこもあって、結構な人出で賑わっている。
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posted by うさくま at 12:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年02月14日

今日も雪。

三連休に降ったり止んだりして、積もったり融けたりした雪−
今日も天気予報は雪だったが
朝の間は、これは予報も外れるかも、といった風情だった。
ところが、昼ごろより降り始めた雪は
いまもドンドン降り続き、そとはスッカリ雪景色!
さしずめホワイトバレンタインデーってところか。

IMG_2076.jpg

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二年目の丹波の冬
今年は寒いということではあるが、この雪の日の多さはどうだろう!
いや〜、参った!

posted by うさくま at 16:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2011年02月12日

戦国倶楽部−京都の陣、二日目

戦国倶楽部、京都の陣。
昨日に続く二日目は、二条城攻め!

宿を出て腹ごしらえをしてのち、地下鉄で二条城へ
二条城は世界遺産ということもあって観光客も多い。
城址としては、山城とは違って石垣、白壁の建造物などもある
いわゆる完成された近世城郭である。

二条城-枡形虎口 本丸御殿櫓門の枡形虎口

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posted by うさくま at 09:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国倶楽部

2011年02月11日

京都へ−。戦国倶楽部オフ会で城攻め

昨日からの雪をついて、京都へ。
戦国倶楽部オフ会で、天下分け目の合戦の舞台となった山ア城攻め
宝塚で乗り換え、十三、そして大山崎駅へ向かう。
行く先々、すべて雪模様、大山崎駅から見える山崎城も雪景色であった。

戦国-0211-1
阪急大山崎駅から雪の山ア城址を見る

ともあれ、登る前にメンバーで山ア歴史資料館へ。
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posted by うさくま at 16:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国倶楽部

2011年02月10日

メールマガジン40号を発信

メールマガジン40号を発信した。
今回のメルマガは、源平藤橘の話と
それにかかる、藤原氏、源氏、平氏、そして橘氏の
名字と由来に関して、深堀りしてみた。

メルマガ40

また、久しぶりに武家の名字に、
尼子十旗の一-馬来氏、備後神石郡の領主-馬屋原氏のコンテンツを追加した。
馬来氏、馬屋原氏の資料を調べていると
中国地方の戦国時代が気になってきた。

こう雪が多くては山城探索もあきらめるしかない。
伯耆から因幡、そして備中などの武将たちの興亡を
ジックリ調ていこうかな〜。
posted by うさくま at 14:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年02月02日

気遊にいった

知り合いのUPreさんに誘われて
能勢と篠山の境目に位置する山奥にある 気遊 という喫茶店に行ってきた。
置いてある本やCD、調度品などを見ると
なにやら、似たような人生を食った同世代の人のような気配だ。

気遊へ-1
雪の残る能勢街道を走る

気遊へ-2 山小屋風の気遊

マスタ は 同年輩の I さんという方で、話してみると
元憂歌団の木村さんとか、元ディランUの大塚まさじさん
さらには加川良さんなど、かつてのフォーシンガーを呼んでミニライブをやっているとのこと。
なるほど、青春時代にはギターをジャンジャカ弾き
アングラフォークのコンサートに足を運び、ガロを読んだという方であった。

友人の N や、相方のお姉さんとかもそうだが
アングラフォーク、ガロに嵌まった人は独特の雰囲気をまとっている
あの時代ならではのもので、懐かしいような、面倒くさいような…
ただ、いまの若者、これからの日本には生まれることのない
貴重な時間を経験したことだけは紛れもない人たちだ。
posted by うさくま at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記