2011年01月30日

戦国倶楽部オフ会で山城に登る

今日は戦国倶楽部の企画で岸和田へ、2011年最初の山城攻めとなった。朝七時の電車で丹波より集合場所の熊取に向かう、行程、約二時間、丹波は田舎である!今回の攻城地は、泉州千石堀城・根福寺山城、そして河内の烏帽子形城の三城。
千石堀城と根福寺山城は豊臣秀吉の紀州攻めに対抗した根来衆・雑賀衆が拠った城で、鉄砲による攻防のあとを刻んだところという。烏帽子形城は楠木正成が築いたといわれ、戦国時代は楠木氏の後裔甲斐庄氏が拠った城と伝えられるところだ。

千石-北城を見る 根福寺-切岸 烏帽子-眺望
左から :千石堀城址主郭から北城を見る ・根福寺城址の切岸 ・烏帽子形城址主郭からの眺望

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posted by うさくま at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国倶楽部

2011年01月29日

地酒「秀月」の新酒を買った。

先日、相方ウサが、地元秀月酒造の「新酒まつり」のチラシを見て
「これ、安いんちゃう?」と言っていたが、なんとなく聞き流していた。
今日、改めてチラシを見ると「たしかに安い!」
たまには好い酒を買うか、ということで秀月酒造に出かけた。

秀月-店
秀月-酒

で、上撰と佳撰の二本、酒粕を購入した。
いずれも持ち帰りの場合、通常価格より500円のお得だ。
しかも、店頭では利き酒もできる!
嬉しい秀月酒造の新酒まつりは二月末までとのことだ。
まずは冷で、そして燗にして飲んでみて
イケル味だったら、イベント期間は一ヶ月以上ある、また買いに行こう!
posted by うさくま at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年01月25日

今朝も積雪が…

夜半よりウッスラと雪が降り積もっていたが
今朝、起きて見ると先日ほどではないが
雪景色が広がっていた。

IMG_1346.jpg

雪は明け方に雨に変わったようで
なんとも斑な雪景色ではある。

昨日、先日の雪もそろそ融けたことだし多紀連山にでも登って、
鈍った身体に渇を入れようと思っていのだが、
これでは、また家篭りが続くことになりそうだ。

posted by うさくま at 08:21| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2011年01月21日

素晴らしい歴史ドラマ、イサン

いま、毎週金曜日に BS-Hi で二話ずつ放映されている韓国ドラマ「イサン」に嵌まっている。イサンは李氏朝鮮第二十二代国王であった正祖の実名で、ドラマはその波乱万丈の生涯を活写したものだ。
総合テレビで吹替え版を放映しているが、やはり、 「…ニダ」 「…シプシオ」 といった韓国語が飛び交う吹替えなし版の方が、断然!面白い。

二十一代英祖の孫に生まれたイサンは朝廷内の派閥争いで父を失い、後継者に目されたイサンの即位を阻止しようとする陰謀が渦巻き、苦難を乗り越えて王になったのちもイバラの道を歩みつづける。
そのイサンを幼馴染で親友のパク・テスとソン・ソンヨン、イサンが世継のころより仕え側近中の側近となったホンサンジらが支え、友情、恋、陰謀、謀略、政争が展開する、骨太な歴史ドラマとなっている。

イサンの写真
NHK イサン 公式サイトより

正祖が生きた時代は、日本では江戸時代の中後期にあたり、徳川家治・家斉が将軍職にあって田沼意次が側近政治を行なっていた。一方、朝鮮史を調べてみると、派閥争いの連続で、派閥が派閥を生み、そして争いが争いに連鎖して、政治史が紡がれている…。日本の政党抗争など児戯に思わせる凄まじいものである。
イサンはそのような朝廷内の抗争に相対し、旧習を改めて経済の発展を図るなど、みずからが理想とする政治に邁進する。さらに、人心を一新するために遷都を実行するなど、李氏朝鮮王朝末期に輝かしい足跡を刻んだ。もし、イサンがあと二十年長生きしていれば、日本の朝鮮併合などという不幸な歴史は起こりえなかったかもしれない。イサンと同時代に徳川将軍であった家治・家斉らに比べるのは無理があるが、イサンはまことに王(指導者)として傑出した人物であった。

いま物語は、イサンの側近ホンサンジが、イサンの側室に上がった妹の懐胎事件をきっかけとして、泥沼にジワジワと足をとられていくところである。朝鮮史によれば、ホンサンジはイサンの威光を背景に強権政治(勢道政治というらしい)を行い、最期は失脚、流刑されて死去している。
であるとはいえ、こののちドラマ−イサンがどのように展開していくのか−!
まことに金曜日の晩が楽しみな今日この頃である。
posted by うさくま at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ(TV)を楽しむ

2011年01月17日

今日の積雪はスゴイ!

今朝、起きると昨日の雪のうえに、さらに積雪だ。
今年の冬は寒いという天気予報の通り
昨年末以来、冷え込みがつづき雪の降る日が多い。

IMG_1311.jpg
まるで北国のような景色

家に籠っていてもつまらないので
ブラブラと雪景色を楽しみながら家の近くを散歩した。
北方の多紀連山も、南西の松尾山・白髪岳も見事な雪模様である。
やはり、というべきか、雪景色を見ていると心が浮き立ってくる。

IMG_1385.jpg 黒頭峰・夏栗山を見る
IMG_1318.jpg 松尾山・白髪岳を見る

今朝の雪は今年最高 (といっても十七日しか経っていないが) のものだ。
加えて、今朝の冷え込みは今冬一番といい
我が家でも給湯器が凍ってしまった。
まことに楽しい雪ではあるが、これだけ続くと、
フィールドワークもならず、ジワリと欲求不満が募っている。
posted by うさくま at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年01月16日

今朝も雪

今年の丹波篠山は本当に寒い!
先日、積もった雪がやっと融けたと思ったら
今朝起きて見ると 十cm 近い新たな積雪。

IMG_1298.jpg
街は一面の雪景色

IMG_1275.jpg
雪にけむる田舎の駅

雪景色は嬉しいものだが
これだけ続くと、出かけることもできず
いささか、ウンザリかも。
posted by うさくま at 08:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年01月15日

講座「丹波学」第三回を受講

講座「丹波学」第三回を受講。
講師は民俗芸能学会評議員の久下孝史氏、テーマは「古道と信仰の道をゆく」である。

講座丹波学-三回

京から丹波を経て但馬に通じる山陰道は、亀岡、綾部、そして福知山から豊岡へと至る現在の国道九号線と重なっている。しかし、それは江戸時代以降ものであって、中世以前の古山陰道は亀岡より多紀篠山、氷上柏原を通って遠坂峠を越えて但馬へと通じていた。ところが、その正確なルートはといえば、必ずしも明確ではないのである。

源平合戦のヒーロー源義経といえば、三草山の合戦、つづく鵯越の逆落としが有名だ。京を発した義経は丹波多紀郡を走り抜けて播磨、そして摂津へと駒を進めたらしい。いまも、篠山市域には義経にかかる伝説が散在し、義経の落胤を称する旧家もある。丹波篠山に残る義経伝説が史実であろうとは思われないが、心浮き立つものではある。

多紀郡の北方にある多紀アルプスは、かつて丹波修験の山として栄えた歴史を有し、それもあってか平安期より丹波には観音巡礼が往来した。それは江戸時代にも絶えることがなく、数々の峠越えの道が整備され、巡礼道には石の道標が立てられていたという。いまも丹波には、石の道標が残り、荒れ果ててはいるが巡礼の道も残っている。

このように、丹波に残る歴史の謎、伝説の由来などなどを
古代の道、義経の道、観音参りの道 に分けて説明いただいた。
久下講師は丹南町史の編集にも関わられたという方だけに、
まことに分かりやすい講義で、実におもしろかった。
かつての風情を残しているという久下氏推奨の峠道は、
花の咲くころに巡礼の気分になって歩いてみたいものだ!と思っている。
posted by うさくま at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 聴講録

2011年01月11日

近江浅井氏のコンテンツを作成

今年の大河ドラマは 「江−姫たちの戦国−」 である。
というわけではないが、「戦国大名探究」 に 『近江浅井氏』 のコンテンツを追加した。

近江国は鎌倉時代のはじめより近江源氏佐々木氏が守護職をつとめ、近江南部を嫡流の佐々木六角氏、北部を庶家佐々木京極氏が治めた。結果として近江国は佐々木一族がおおいに繁衍した。一方で蒲生・今井・山中といった他姓の武家たちは、中世の戦乱のなかで両佐々木氏に仕えて近江の戦国時代に足跡を刻んだ。

浅井氏はといえば、古い記録に京極氏に仕えたことが知られるが、応仁の乱の後に忽然と歴史に登場してくるのである。京極氏は応仁の乱において持清が東軍の有力者として活躍、嫡流にあたる六角氏をしのいで近江守護職に任じられた。持清の率いた江北の武士のなかには浅井氏もいたであろうが、その動向は当時の史料などからは見出せない。

浅井氏コンテンツ

近江浅井氏は亮政のとき歴史の表舞台にあらわれ、あれよあれよ!という間に京極氏に代わって江北の覇者となった。文字通り、亮政は下剋上の人物であり、近い時代を生きた北条早雲、斎藤道三と並び称されてもいい戦国の梟雄である。亮政の孫長政は、永禄三年八月、十五歳の初陣で宿敵佐々木六角氏を破ると一気に近江の戦国大名へと駆け上った。奇しくも、長政が六角氏を破った年の五月、尾張の織田信長は桶狭間で今川義元を討ち取っていた。ときに信長は二十六歳、長政より十一歳の年長であった。

亮政の下剋上、長政の鮮やかな登場、そして三姉妹の歴史への関わり
江北の戦国大名−浅井氏、
大河ドラマを楽しみつつ、ジックリと探っていきたいと思っている。
posted by うさくま at 14:23| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2011年01月10日

今日も雪の日

今日も雪、五センチ以上は積もっている。
雪国で暮らす人には申し訳ないが
雪の朝は、なにやら嬉しく、心が躍ってくる

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盃ヶ岳の雪景色

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特急列車と雪の槙ヶ峰

滑らないよう、足元に気をつけながら
カメラを片手にブラブラと家の周りを散策する。
いい感じの雪景色が広がるが
今日は家に籠ってデスクワークだな…。

posted by うさくま at 11:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年01月09日

大河ドラマ 「江−姫たちの戦国−」始まる

近江の戦国大名、浅井長政と織田信長の妹お市との
間にうまれた江をヒロインとした
2011年の大河ドラマ 「江−姫たちの戦国−」 始まった。

一昨年の大河「天地人」や、ゲーム・コミックなどから火がつき
世の中は、歴女・城女なども出没する山城、戦国武将のブームである。
年が明けると、驚くばかりの戦国時代本の創刊ラッシュとなった。

文字通り、出版界も歴史物の戦国時代といった様相である。
編集内容はといえば、それぞれ工夫が凝らされているとはいえ
やはり、似たり寄ったりのもので、なかには 『ほんまかいな!? 』 という
美形ぞろいの戦国武将イラスト集も競うように出ている。

今晩から始まった 「江−姫たちの戦国−」 も
いまの戦国・山城ブームを支えることになるのだろう。
三姉妹の地元である長浜市では
きたる十五日の土曜日から「江・浅井三姉妹博覧会」が始まるそうだ
それも年末の十二月四日までの長丁場だ。

gou_nhk.jpg
NHK 公式サイトから

周囲はおおいに盛り上がっているが、大河ドラマはといえば
第一回は、ドラマの時代背景を説明しようとしたのだろう…、
なんとも無理くりな戦国史ダイジェストで、そのあまりに目まぐるしい展開に疲れてしまった。
一方、登場人物を演じる役者の年齢が、あまりに老け過ぎ!
一年を通じて演じる役者の場合は仕方がないが、
最初のころだけしか登場しない人物は実年齢の近い役者を起用してほしかった。
二十八歳で死んだ浅井長政、三十歳後半で死んだお市 などは、
もっと若い役者でもよかったのではなかろうか。見ていてつらかった!

ストーリーに関しては、いまだ内容を云々する時期ではないが、
第一回目は、必要だったのだろうか?
時代説明のことは、歴史ヒストリアか、歴史スペシャルに任せておいて
もっと、ドラマとしてガツンとくるものが欲しかった、かも。

posted by うさくま at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ(TV)を楽しむ

2011年01月07日

連日の雪

昨年末より雪の降る日が続いている。
七草の日の今朝、起きて見ると約五cmの積雪、
子供のころより雪が大好きで
今日もカメラを持つと家の近所を散策してきた。

雪の南天
庭の南天に降り積もった雪

七日の雪-大山
降る雪にけむる街並み−まるで雪国のようだ

一面の雪景色、降り続ける雪…
雪国の人には面倒な存在の雪なのだろうが
このままドンドン積もれば、もっと楽しいだろうな、などと思う。
とはいえ、雪が積もれば外出はままならない
山城はもとより車の遠出も危険を伴うことになる。

これまで訪ね歩いた山城・寺社、史跡などの
訪問記を整理するいい機会ではある。
しばらく、デスクワークに勤しむことにしよう!
posted by うさくま at 09:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年01月03日

栗柄不動の護摩焚き

2011年も今日で三日目、
初詣を兼ねて栗柄不動の護摩焚きに参ってきた。

中世、篠山北方に聳える多紀連山を行場とする修験道が栄え
三岳の主峰である三嶽には新金峯山大岳寺、
東方に位置する小金ヶ嶽の中腹にも宝塔山福泉寺が建立され
修験の本山というべき大和の金峯山を凌ぐ勢いを誇ったたという。
栗柄の不動さんは三岳修験の重要な行場であった。

栗柄-三岳 朝霧にけぶる雪の三岳

いまも、三岳を修行の場として活動される
修験者の方たちがおられ、毎年、正月の三日
栗柄不動において護摩焚きを行なわれている。

栗柄-護摩焚き
立ち昇る煙が竜を連想させる護摩焚き

栗柄-焚き火 寒い境内は焚き火がなによりのご馳走

かつては、近在はもとより遠く京阪神からも参拝者があったというが
昨今では篠山界隈だけの方が参るだけの状態となっている。
しかし、寒気のみなぎる護摩焚き場で
むかしながらの次第で修験者たちが行を行ない経を唱え、
やがて護摩に火がつけられ、煙が竜のように立ち昇っていく様は
信心の薄いクマでさえ身の引き締まる荘厳なものであった。

帰りに破魔矢を買い求め、おまけの籤を引いたら三等!
今年はまずまずの運勢かなと、気をよくして帰路についた。
posted by うさくま at 12:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年01月01日

2011、元旦を迎える

2011年、新しい年を迎えた。
長男と嫁、長女、次女と婿
みんな元気に揃って新年を迎えることができる
なんとも素晴らしいことである。

2011正月飾り

元旦の初日の出 初日の出、うまく写らなかった

一昨年来、なんやかやとあったが
丹波暮らしも足掛け三年目
あせることなく、出来ることをシッカリとやりながら
健康に暮らしていていきたいものだ。
posted by うさくま at 01:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記