2010年09月29日

久しぶりに篠山三角点に登る

この夏に踏破した篠山三角点のうちの清滝山に再訪してきた。
 以前は大手道ともいうべき観音堂経由のコースで登り
国土地理院の地図にみえる県守からのコースで下山しようとしたが
荒れた尾根に不安を覚えて、下りを断念した。
下ったのち、県守コースの登り口を確認したところキレイな山道で、
いつか、こちらの方から再登山したいものだと、気にかかっていた。

清滝山県守口

で、今日県守ノースで清滝山三角点に登ってきたのだ。
コースは悪くないが、登るほどに荒れてきて
ついには道を見失って尾根道を直登し、ピークを越える結果となった。

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posted by うさくま at 18:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き

2010年09月28日

黒井城址に再訪

数多ある丹波の山城のなかで、船井郡の八木城、多紀郡の八上城、そして氷上郡の黒井城が三大山城とよばれ、それにふさわしい規模と城史を有している。いいかえれば、三大山城を軸として丹波の戦国史は紡がれたといっても過言ではない。丹波の山城群も濃淡の差こそあれ、三大山城とは切っても切れない関係にある。
三大山城のなかでは黒井城が丹波の再奥にあり、城主の赤井悪右衛門直正は「丹波の赤鬼」の異名をとった猛将で、その名は日本全国に響き渡っていた。信長の命で丹波に侵攻した明智光秀に手強く抗戦、何度も苦戦強いたことはあまりにも有名だろう。

はじめて黒井城に登ってから五年、その後、丹波に移住したこともあって、氷上界隈を往来するたびに黒井城址のある猪ノ口山が目に飛び込んでくる。それを見るたびに再登城を目論見ながら、ついに今日まで登る機会を逸していた。その間、縄張り図など黒井城の資料を収集、さらに丹波に散在する山城群を訪ね歩き、『黒井城の再登城はなさねばならぬ!』と、心に期すところがあった。

鉄路越しに黒井城址を遠望
福知山線の鉄路越しに黒井城址を遠望

先日、亀岡文化資料館主催のイベントで八上城に登ったが、そのときに知り合った館長の黒川さんから、次回十二月初めの黒井城登山には福島克彦氏が一緒に登られ解説をされると聞いた。福島氏は中世城郭研究者の第一人者というべき人であり、えがたい機会に廻り合わせた気分である。
そんなことなどもあって、今朝、『よし登ろう!』と突然に思い立ち、
善は急げ(?)と登ってきたのだ。

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posted by うさくま at 18:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 丹波の山城

2010年09月25日

亀岡市の企画にのって八上城址に登る

今年は、丹波亀山城が築城400年目にあたるといい、この夏、亀岡市文化資料館で「特別展」が開かれた。
「 …ん !?  」、亀山城と明智光秀が天正六年(1578)に築城を開始したもので、今年で築城400年というのは計算がおかしいのではなかろうか?と思ったが徳川家康によって大改修された亀山城が完成した慶長十五年(1610)より起算したものであろう。いささか納得がいかないものの、まんざらの嘘でもないわけだし、重箱の隅をほじくるのも大人気ないことである。

さて、「特別展」のチラシを見ると、関連事業のひとつに「丹波山城フィールドワーク」が企画され10月に八上城址、12月に黒井城址、そして、来年の三月に周山城址に登るとあった。亀岡市に税金を納める住民ではないが、混ぜてもらおうと連絡したところ、市外からの参加もオーケーとのことであった。無事、案内の葉書も頂戴し、本日、八上城登山に参加することができた。

八上城登山
上の岡田丸で説明に聞き入る参加者のみなさん

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posted by うさくま at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山の山城

2010年09月19日

墓参で根来へ

家内の実家の墓参に和歌山根来へ行く。
根来の墓参りのあとは、山崎神社で中村啓次郎・巽兄弟の寄附顕彰碑を探す。
無事、発見!寄附金五十円、大正二年建立とあり!
宮司さんから古写真と小冊子をいただく。
神紋は山崎にちなんで山吹だった。 
 
次の墓参りをすませて、義母の祖父があるという有田へ行く。
無事、寺を発見したが義母の祖父の墓は
寺境内墓地の改葬で整理されたようで発見できなかった。
寺からは改葬の連絡もなかったとのこと、
断りもなく整理するとは…、寺も凄まじいことをやるもんだ。

無事にとはいいがたいが墓参を終え
さて、昼食でも摂ろうということになったが食べるところがない。
仕方がないということで和歌山のサービスエリアに寄ると
凄まじい人の波、世間は夏休み全開であった。

やたがらす

なんとか和歌山ラーメンを食し、改めてサービスエリアを見回すと
いたるところに熊野神社の神紋 「ヤタガラス」 が据えられているではないか。
さすが、和歌山である。
でも、おそらくサッカー日本代表のマークがあるな〜
といった捉え方をされるのだろうな、きっと。
by kuma
posted by うさくま at 08:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年09月16日

在田氏の友城、貝野城址に登る

中播磨の国人領主、在田氏に関係する山城に登ってきた。
在田氏は野間城をはじめ、光竜寺城、貝野城、河内城など、西脇市から加西市あたりの北播磨に山城ネットワークをつくり相当の勢力を築いていた。戦国時代の末期、三木城主の別所氏の攻撃を受けて没落したが、在田氏の存在は、その歴史の曖昧さも相俟って興味深い謎を秘めている。
今日は、数ある在田氏の山城のうち多可郡多可町にある貝野城と段ノ城を訪ねてきた。

貝野城は「那珂ふれあいセンター」の後方にある山上に遺構があり、車をふれあいセンターの駐車場に停めセンターを訪ねる学芸員の方に貝野城への登山道を確認すると妙見山への登山道とともに城址へのハイキングコースも整備されているとのことであった。加えて、段ノ城を発掘調査したときの報告書も見せていただいた。
報告書の在庫があればを入手したかったのだが売切れとのことで、無理を言ってコピー(有料)をとっていただいた、学芸員さんに感謝である。

IMG_1897.jpg
キレイに樹木が伐採され、往時を彷彿させる曲輪群

ハイキングコースはよく整備された道で、迷うことなく城址に登りつけた。
城址一帯は樹木が伐採され、北方には妙見山の姿が富士山のように見え、眼下に多可町が広がる…、建物こそないが当時の姿を彷彿させる風景だ。城域は広く、北郭と南郭を中心に腰曲輪・帯曲輪が設けられ切岸には土留めであろう石積みが残っている。斜面に落とされた畝状竪堀群は、樹木に覆われて一部しか見ることができなかった。
貝野城は在田氏と深い関係にあった但馬山名氏の築いた城で在田氏の拠る段ノ城と呼応するかたちで北播磨と但馬をつなぐ多可の地を押さえていた城主は遠く備後国を本拠とした山内氏であったよといい、その意外さに驚かされる。

貝野城を下ったあとふれあいセンターで昼食、つぎの目的地である段ノ城を目指した。
段ノ城は山上の上段、尾根先の下段、山麓の構居で構成され、赤松則祐が亡母のために建立した端光寺後方の山上に遺構がある。八幡神社に車を停めて、山道を登り始めたところにわかに雲がわきたち、雷鳴が轟き始めた。さらに冷たい風が…これは降るなと慌てて車に駆け戻った途端に夕立の襲来となった。
これでは、雨が上がっても登るのはチョット無理であろうと痛恨の決断
段ノ城への登城は断念、帰宅とあいなった。
 by kuma
posted by うさくま at 16:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 播磨の山城

2010年09月13日

宮部みゆきの百物語シリーズ 二作目を読む

宮部みゆきの新刊 「あんじゅう」 を読む。
「おそろしや」 に続く三島屋変調百物語シリーズの二作目だ。

今作のなかでは「逃げ水」と「暗獣」 が切ない
それぞれ、あの世のものとも、この世のものとも判じかねる存在が
人間と関わり、それぞれお互いを思いやる物語だ。
とくに暗獣の 「くろすけ」 は、なんとも愛らしく切ない。

人の住まなくなって久しい空き家に湧いたような物の怪 「くろすけ」  は
トトロに出てきた「真っ黒くろすけ」と非常に似ている。
人の住まなくなった家のシンとした暗闇は、物の怪を生みだす絶好の環境なのだろう。

「くろすけ」 の棲家となっている空き家に老夫婦が住み着くようになる。
やがて、 「くろすけ」 は老夫婦に懐くようになるが
もともとこの世のものではない、人のいない暗闇に湧いてできたものだけに
人との関わりを深めることは、自らの存在を無へと帰することになる。
「くろすけ」 は老夫婦ともっと仲良くしたいのに、人と共存することは決して許されない…、
この二律背反するキャラクタが、切なく、いじらしい物の怪 「くろすけ」 なのであった。

kurosuke.jpg
人気者になること間違いなし!なんともキュートな 「くろすけ」

今作は本としての作りも面白いもので
各ページをめくるたびに南伸坊さんの書いた挿絵がページの下方にチンマリと 
まるでパラパラマンガのようにレイアウトされているのだ。
電子書籍を意識した装丁だろうが、南伸坊さんの可愛らしい絵が
物語とうまくマッチして、なにやら絵本を読んでいるような感じだ。

今作で登場人物もふえ、物語の世界もさらに膨らんでいきそうな気配がする 
三島屋変調百物語シリーズ。まだ、残りは90話もある。
なんとか、100の物語すべてを読み終えたいものだ。
by kuma
posted by うさくま at 18:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2010年09月10日

メールマガジン、30号を発信!

メールマガジン、30号を発信!
昨年の六月22日に第一号を発信して以来、一年と三ヶ月
月日の経つのは、まことにアッという間のことだ。
 
メルマガ-30s
 
メルマガが続いていることは
そのままプーライフを重ねていることでもあって
いささか複雑な気分ではあるが…。

ともあれ、ここまで発信を続けてこれたのも
健康で過ごしてこれたからこそのことと素直に喜んでいる。
次は50号、さらには100号発信を目指して、頑張っていこう!
by kuma
posted by うさくま at 07:13| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2010年09月05日

水木先生の傑作名言集を読む

朝の連ドラ 「げげげの女房」 が視聴率20%近くを記録する人気で
ゲゲゲ現象を起こしつつ、物語もいよいよ大詰めになってきた。
話そのものは、貧乏暮らしの時のほうが断然面白かったが
独特の笑いとペーソスは変わらず、見ずにはいられない。

ドラマに引っ張られたわけでもないが、図書館から
『水木さんの幸福論』 『本日の水木さん -思わず心がゆるむ名言366日』 を
借りてきてジワジワと読んでいる。
「幸福論」 の方はこれまでにも何度か出版されている自伝の別バージョン
というべきものだが、水木先生の人生は、なんど読んでも面白い。
一方の 「本日の水木さん」 は、

 人生におけるけたはずれの経験値
 または普通の人としての水木しげる

と、編者の大泉実成氏も あとがき に書かれているが、
怪人、妖怪のようにもみえながら偉大なる普通人である水木先生の
波乱万丈の人生のなかで生まれた名言・金言・迷言・妄言がテンコ盛りの 
「フハッ」 と、心がゆるんでしまう一冊である。

水木さんの名言

来年、米寿を迎えられる水木先生、その人生の軌跡は真似るべくもないが
間違いなく老人になっていく我々にとって学ぶべきところは多い。

「本日の水木さん」 は 2005年 に出版されたもので、読んだのは今回がはじめて
歳を重ねたいまだからこそ、その内容 (人生) の素晴らしさに気付かされたような・・・。
これから、みずからの老人化がドンドン加速していくなかで、
少しづつでもいいから水木先生の境地に近づいていきたいものだ。
by kuma
posted by うさくま at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2010年09月02日

県立図書館へ資料探しに行く

この盆に帰省した帰りに登った恒屋城の資料を探しに県立図書館へ行ってきた。
成果は上々!
恒屋城をはじめとした香寺町にある中世城郭の資料はもとより
但馬方面の中世山城の縄張図
播磨の中世山城の縄張図などなど、
兵庫県下に散在する中世山城の資料をゲットできた。

明石のたこ人形
明石駅コンコースで発見した「たこキャラ」、ベタだが可愛い!

県立図書館は明石城の一角にあることもあって
行くたびに明石城を散策することになるが
今回は、石垣と土塁を中心に城址ブラブラと歩いてきた。
中世の山城群は文字通り「土」で「成」った城だが
近世の城址は石垣の普請が素晴らしい。

明石城_石垣01 明石城_石垣02 明石城_石垣03
 
明石城_石垣04 明石城_石垣05 明石城_石垣06

明石城は建造物のほとんどが明治維新のときに
取り払われてしまっているが、石垣は往時のままの姿を見せている。
(後世に修理の手が入っているが)
雑木、雑草に覆われた中世山城の探る楽しみとは違って
近世城郭は見る楽しさがある。
田舎料理を食べ続けたあとに
お洒落なレストランの料理を楽しむといった感じかも。
 
明石の玉子焼
明石名物の玉子焼、ビールとの相性抜群!

今日も暑さは一入で、お洒落なレストランではないが、
明石名物「玉子焼き」を肴に冷たいビールに舌鼓を打つ。
これも明石の県立図書館へ行く楽しみの一つである。
by kuma
posted by うさくま at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年09月01日

神野まるみ が、面白い!

Y テレで深夜にやっている 『ショーバト!』 を
見るともなく見ていたら
「ショーバトイチオシ ミニバトラー対決!」 なるコーナーに
「神野まるみ」 という可愛らしい芸人が出てきた。

神野まるみ
「ショーバト」ホームページより

お菓子が大好きとかで、大塚愛の 『さくらんぼ』 を
全てお菓子の歌詞に替えて歌いながら手品を見せる
なんといおうか…、アイドル芸人お菓子歌謡手品SHOW!!
というもので、そのアッケラカンとしたキャラと芸風は
この先、オオバケするかどうかは分からないが、とっても楽しめた!

今回で二度目の出演らしく
司会の淳が「ここまで歌唱力を下げてくるか」と驚嘆したほどの出来で
「どれをとっても素人に毛の生えた程度」な芸ながら
見ていて、ホンワカした気分にさせられた。
勝負の結果は、芸達者の 「さわやか五郎」 を押さえて勝利!
次はどこのバラエティ番組で見ることができるか・・・いささか不安ではあるが
なんとなく応援したくなる 女芸人「神野まるみ」 の発見であった。 

愚にもつかない民主党の代表選挙のつまらん茶番劇を吹き凌駕する
「神野まるみ」 の明るく屈託のない可愛らしい芸に、文句なく一票であった。
by kuma

posted by うさくま at 11:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記