2010年08月30日

携帯でツィートに成功!

自宅のパソコンの前ならイザ知らず
出かけているとき、ツィートしようとすれば
当然、携帯電話から…ということになる。
 
ところが、これが、うまくいかない!
ま、在宅が多いから問題なしとしていたが
やはり、山城の本丸などからツィートすれば
のちのちの格好の記録となる。


携帯でツィート
 
また、できることが、できない、というのは厭なものだ!
ということで、ネットなどで調べながら
あれこれやっていたら何とかツィートできた。
これで、ドコデモツィート 体制はバッチリである。
by kuma
posted by うさくま at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年08月29日

黒豆館でランチバイキングとライブ

上田黒豆さんの娘さんスズちゃんが
西紀の黒豆館でライブを行なうと聞いて、早速、ウサと行ってきた。
ランチバイキングのホールで行なわれ事もあって
お客さんは地元のみなさんが中心で
ポツポツと観光客らしい人が交じっている、といった感じ。

黒豆館バイキング 

黒豆館ライブ

伴奏はギター一本で
高校以来の友人という女性とのデュオスタイルでライブは行なわれた。
一所懸命に歌っているのだけれど、音量が小さすぎる…
聞けば、黒豆館の方が食事に来ている人々に遠慮して
音量を小さめにしているとのことだった。それなら仕方ないか…、
とはいえ、せっかくのライブが残念だな〜、とウサと話していた。
 
ところが、ライブが終わって流れ出したBGMに驚いた。
先とは打って変わって大音量!
今日のランチバイキングの目玉は
スズちゃんたちのライブだったのではなかったのか…?
 
なんともやることが妙に中途半端だな〜!
こういうところが田舎なんだ…、篠山は!! などと
悪態をつかずにはいられない気分で黒豆館をあとにした。
スズちゃんたちの歌、いい線いっていただけに本当に残念であった!
by kuma
posted by うさくま at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年08月28日

中山城の発掘調査現地説明会へ

丹後舞鶴市西方にある中山城の発掘調査現地説明会へ行ってきた。
十時半から開始のところを十時前に着いてしまったが
予想した通りというべきか、 すでに多くの参加者でイッパイだ!。
見ればほとんどが中高年以上の方々 (ウサクマもだが…) で、
丹後における中山城の歴史的価値と、中高年の方々の歴史熱が実感される。
 
参加者の多さに、二回に分けて説明会と城址探索が行なわれることになった。
十時スタートと本来の十時半スタートの二回である。
早起きは三文の得ではないが、少しでも陽射の柔らかい
十時スタートに加わることができた。


中山城_現説01s
南より中山城址を見る…山肌の見えている部分が発掘箇所

中山城_現説02s
熱心に説明を聞き入る多くの参加者

まず、学芸員の方による中山城の歴史的概略と発掘成果の説明があり
その後、中山城の発掘現場を実地踏査および現地での質疑応答となった。
城址一帯は、一ヶ月前に来たときとは違ってキレイに片付けられ
要所に標識も立てられていて、発掘成果が非常に分かりやすくなっている。
前回にも感じたことだが、
発掘された建物跡、柵の跡、さらに戦国時代の姿を彷彿させる曲輪・切岸など
いまの状態のままに維持、保存されれば素晴らしい歴史勉強の場になる
しかし、切岸の高さなどは危険かもしれないな〜などと思っていた。


中山城_現説03s 見事な切岸と帯曲輪

ところが、何気なく学芸員の方の説明を聞いていると
今回、発掘された中山城址の南曲輪部は由良川の水害被害もだが
それに伴う道路の付け替え工事に先立つ調査とこのとで
南曲輪部分は切り崩されて道路になるとのことであった。
かつて、中山城址にあった城山八幡宮も山麓で移設工事が進行中、
「なんということ!」 単純な治水工事だと思って安心していたのは糠喜びであった。
道路行政的には仕方がないこととはいえ、
貴重な中世山城だけに、なんとか残す方策はなかったのだろうか?
山城ファンにとっては、まことに残念!無念!な現実というしかない。 

中山城でガックリしたあと、宮津の天橋立へ車を走らせた。
国宝の海人氏系図を伝える籠神社をに参拝したのち、
一色氏の居城であった今熊野城址、丹後国分寺跡、稲富氏の弓木城を経巡ってきた。
今熊野城址は生い茂る夏草と雑木で登城は断念、
弓木城は曲輪・土塁・虎口、堀切などなど素晴らしいところであったが、
かつてあった二の丸は小学校、三の丸は墓地、大堀切は道路に変じていた。
戦国時代にはなかった現代の土木工事パワーによって
難攻不落をうたわれた山城もあっけなく姿を変えてしまっていたのであった。
by kuma
posted by うさくま at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 丹後の山城

2010年08月21日

朝倉氏発祥の城址に登る

先日は香住で討死しそうになったが
懲りもせず、今日は養父市八鹿町にある朝倉氏発祥の城址に登ってきた。
 
朝倉氏といえば越前一乗谷に京文化を花開かせ、
織田信長と対立して滅亡した朝倉義景が知られる。
義景の朝倉氏は八鹿の朝倉氏の一族が越前に移ったものであり
八鹿町朝倉は全国の朝倉さんの発祥の地なのである。
朝倉には朝倉本城・朝倉比丘尼城・朝倉向山城と三つの山城がある。
今日は八木城の山麓界隈を訪ねたいこともあって
朝倉本城と朝倉向山城を攻略してきた。
 
朝倉本城は地元の方々の努力によってよく整備されていて
曲輪・切岸・堀切・櫓台・虎口などなど遺構の保存状態もよく、
山上からの眺めも抜群で、非常に気持のよい山歩きが楽しめた。

香住_朝倉城s
朝倉城主郭の櫓台より城下を俯瞰、素晴らしい見晴らしだ

 一方の朝倉向山城は朝倉本城の東方に位置しており、
どこから登るか取り付き口に迷ったが、忠魂碑の側に登り道を発見、
尾根筋をひたすら登っていくと、迷うことなく城址にたどり着けた。
どうやら城址東端の尾根先に、かつて建物があったようで
そこに至るまでの山道が掘削されていて、格好の登山道になっているのだ。
城址は山上の主郭を中心に南北の尾根に曲輪群が配された連郭式のもので
東北尾根の二重堀切、主郭を取り巻く帯曲輪、曲輪ごとの切岸などなど
こちらは手入れこそされていないが、遺構の保存状態は悪くない。

香住_朝倉向山城s
向山城主郭へ続く急斜面を登る

朝倉にはもう一つ中世山城‐朝倉比丘尼城址があり、
聞けば、そちらもよく手入れがされているとのことである。
地元の方々の朝倉氏に対する誇りというか、
思い遣りというかが感じられて、なんとも気持が良かった。
by kuma

posted by うさくま at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2010年08月18日

畝状竪堀を持った香住の城へ

先日、香住の山城行きを計画して駅まで行きながら
青春十八切符を入れた財布を忘れて痛恨の挫折を味わった。
いまのJRは都会中心のダイヤであって、
田舎では一度乗り遅れたら悲惨なことになる。
特急を使えばいいのだろうが、十八切符では特急は利用できない。
 
…というようなことがあって、今日、仕切りなおして香住の山城を探索してきた。
ターゲットは、香住駅前の小山にある志馬比城と、
志馬比城の南方にある釣鐘尾城の二城だ。
駅前のレンタサイクルで自転車を借り、城のことを聞くと
公民館に勤める友達 Y が詳しいのでと、連絡をとっていただく。
都会にはない、なんともいえない地域ネットワークで、
公民館の Y さんもまことに親切丁寧、資料をいただいて
まず、一番目の志馬比城へ自転車を走らせる。

香住_志馬比城
香住駅より志馬比城を見る (右の赤いボディは乗ってきた電車)

志馬比城・釣鐘尾城とも羽柴秀吉の但馬侵攻に抵抗した垣屋氏が
既存の城を拡張修復したもので、畝状堀切が特長的な山城だ。
志馬比城は発掘調査もされたといい比較的登りやすかったが、
釣鐘尾城は登る者もないとのことで、急斜面の山腹を攀じ登った。
おりからの暑さと、ところどころで強いられる藪コギで
頭はクラクラ、身体はフラフラ、たまらず日陰でへたりこんでしまった。
このままでは熱中症になるかも…、最悪のケースも頭にちらつく、
さらにこの藪状態では、厭〜なダニも徘徊しているかもと思われ
木々も葉を落とし、城址の地形も分かりやすくなる晩秋に再訪を決め
道なき尾根を藪コギしながら下山した。

香住_釣鐘尾城 竪堀を攀じ登る

下りたあと、ダニに取り付かれていないかをチェック!
駅のトイレで身体を拭って、着替えてスッキリしたが
危うく、釣鐘尾城で討死するところであった。
いや、本当に今年の暑さは異常というしかない!
by kuma 
posted by うさくま at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 但馬の山城

2010年08月15日

水木しげる妖怪図鑑を見に行く

いま兵庫県立美術館で、
漫画家水木しげるの画業60周年と米寿を記念した「水木しげる妖怪図鑑」 をやっている。
水木しげる大ファンのクマしては、ウサと帰省中の長女を誘って行ってきた。

「げげげの女房」人気と夏休みとが相俟って会場は家族連れで大盛況!
展示は 「妖怪図鑑」 「鬼太郎の秘密」 「江戸の妖怪たち」 
そして、「ゲゲゲの森の大冒険」 の四つのコーナーで構成されている。
お目当ては、水木先生の原画を大挙展示する 「妖怪図鑑」! 
 
水木妖怪図鑑01 いざ、会場へ

水木妖怪図鑑02
会場は親子連れで長蛇の列が続く

墨一色で描かれた妖怪画を、たかが漫画という人もいるようだが
水木先生の妖怪世界に対する深い造詣から生まれた妖怪画は
いずれも 「達人の仕事」 というしかない素晴らしいものであった。
「妖怪図鑑」  のコーナーに展示されている妖怪画の多くは
水木先生が「鬼太郎」で世に認められた頃に描かれたものも少なくなく
少年誌デビューのときには、すでに凄腕の作家だったことが実感される。

「げげげの女房」は20%に迫る視聴率を記録する「お化け」番組となっている。
ドラマで描かれる水木夫妻の貧乏神に憑かれた極貧時代、
妖怪イソガシに憑かれた人気マンガ家時代、
さらには家の改造に憑かれ、南方への憧れに憑かれ…と、
どんどん妖怪化していく水木先生の姿は・・・ヒトとして最高の境地かも知れない!

夏休みも終わり、人手もひと段落する彼岸前あたりに
もう一度行って、ジックリと見てみたいと思っている。
by kuma 
posted by うさくま at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年08月13日

墓参のついでに播磨の城めぐり

田舎に帰ったことだし早起きして
宍粟市山先町の聖山城と篠ノ丸城に登る。
先日、城郭ドットコムさんに教えてもらったもので
地元に住んでいながら迂闊にも知らなかった城である。
 
資料をあたってみると山崎一帯を支配していた長水城主宇野氏の出城で
長水城を攻めた秀吉が宇野勢を追い払って本陣にしたところという。
たしかに、西方を流れる揖保川を隔てたすぐ西側に篠ノ丸城、
北西方面に五十波構、その後方の山上に長水城が見える
聖山城は宇野氏にとっても、秀吉勢にとっても要衝の地であったことが分かる。 

山崎_聖山よりs
聖山城より揖保川越しに篠ノ丸城、長水城を見る

城址そのものは小規模なもので、
主郭を中心に東方に帯曲輪と自然地形のままであろう尾根筋の曲輪があり
主郭の西直下の腰曲輪には愛宕神社が祀られている。
いま残る城域としてはそれだけであるが、
当時は尾根筋・山麓に軍事施設が築かれていたもものであろう。
 
山崎_聖山標識
要所に案内標識、道も整備されていて快適な山歩きが楽しめる

聖山城址を含む一帯はハイキングコース化されていて標識もあり
格好の散策が楽しめるところとなっている。
地元の人の、「蛭が多いから気をつけて!」とのアドバイスを気にしつつ登ったが
幸い、蛭の被害に遭うこともなく、メデタシメデタシであった。

聖山城を下山したあと、一旦田舎の実家に帰って
母と姉夫婦、我が家族で墓参をすます。
腰の曲がった母の姿に、母方の祖母の姿がダブる、ちょっと寂しかったかも…。
そ の後、丹波に帰る途中、ちょっと道を曲げて香寺町へ。
目的は恒屋城だが、「え〜ッ!」という家族の非難の声に負けて
なんとか、前ノ城にだけは登ってきた。
恒屋城の周辺には城址が散在、また武家の日常の居館である構居も多く
ジックリと資料を集めて、この秋に再訪しようと計画中だ。
by kuma
posted by うさくま at 17:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 播磨の山城

2010年08月09日

戦国倶楽部、オフ会で大阪城へ

戦国倶楽部、オフ会で大阪城へ行った。
メンバーは、おなじみ佐吉さん、戦国ドットコムの三宅さん
そして、紅一点のNさんの四人だ。
集合場所の大阪市立博物館をまず見学、
博物館は来たことがあるが、実際にチケット(600円)を買って入ったのは初体験。
最上階の難波宮に関する展示は、意外といい感じで
なによりもみなみの窓からは難波宮が直下に見え、
北東の窓からは大阪城が鳥瞰で見える、この展望だけでもお金を払った価値はある。

大阪城-難波宮
博物館から難波宮跡を見る

大阪城-鳥瞰 大坂城を鳥瞰する

大手門から大阪城に入り、それぞれの薀蓄話を楽しみながら
炎天下の中を豊国神社、旧私立博物館、そして、天守閣(入場料600円)に登る。
夏休みということもあって多くの人々で賑わう天守は
さまざまな国の言葉が飛び交う、格好の観光スポットである。
天守閣と各階の展示を堪能したあとは、秀頼・淀君自刃の地から
青物門をくぐり、京橋方面へ第二ラウンドの歴史談義の会場探しだ。

大阪城-石01 大阪城-石02 大阪城-石03
見事な石組  でかい!  歯型のように残る矢穴

大阪城-旧博物館 大阪城-天守閣 大阪城-乗り物
旧市立博物館  ドッシリとした天守閣  城内を走る汽車型乗合バス
 
まずは安い居酒屋でビールを軽くシバキ、続いて小洒落た居酒屋で
ジックリと腰をすえて第二ラウンドの歴史放談を楽しむ、
大阪城の話から山城、関が原の合戦、武将の品定めと大盛り上がりだ。
遠方から参加されたN女史が抜けられたあとは、
お馴染みの男三人で河岸を変えて、第三ラウンドの歴史放談大会だ。
気が付けば終電も近い!次のオフ会を約して解散となったが、
戦国時代で盛り上がると、本当にアッという間に時間が過ぎ去っていく。
でも、久しぶりに戦国三昧、楽しかった!
by kuma

posted by うさくま at 12:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国倶楽部

2010年08月05日

佐和山城再訪

今日は、かつての同僚たちと梅田で呑み会であった。
どうせ出かけるなら青春18切符を有効に使わなければ
ということで佐和山城を再訪してきた。
五月、戦国倶楽部さんのオフ会の時に城郭ドットコムさんとサクッと登ったが、
限られた時間だっただけに、見落としたところがあるようで
改めて登りなおしたいと思っていたのだ。 

彦根駅前でレンタサイクルを借りて登り口のある龍譚寺へ、
午前とはいえ、すでにとんでもない暑さだ。
途中で佐和山の写真を撮りながら龍譚寺着、井伊神社を見て、
龍譚寺境内を抜ければ墓場沿いに佐和山城への登山道が続いている。
「猿が出没するので注意」のカンバンが気になったが
前に登ったコースをたどれば、城址東端の尾根に到着
そこから西に登って行けば塩硝蔵→西ノ丸→本丸へと続いていく。

佐和山_遠望
東海道本線のレール越しに佐和山城を見る

佐和山_登り道 佐和山_土塁 佐和山_本丸
猿注意のカンバン   西ノ丸の土塁   本丸から彦根城、琵琶湖を見る
 
西ノ丸の主郭側に築かれた土塁、西方に落とされた竪堀は見応え十分!
竪堀に沿った西尾根には階段状に曲輪が築かれている。
西ノ丸からは二の丸方面へ続く道があり、
先の土塁が連絡道を防御する格好の武者隠しともなっている。
主郭へは土塁の西端より急斜面を登る道が続いているが
縄張り図を見ると国道八号線側に大手があり、龍譚寺側は搦め手であったようだ。
おそらく、本来は大手より三の丸→二の丸と登っていたものであろう。
主郭に立って南を望めば彦根城から琵琶湖、北方を見ると伊吹山が見事に見える
東方は樹木に覆われているが往時は中山道を往来する人馬を眼下に見下ろす
近江国東北部を押さえる要害の地であったことが実感できる。

佐和山_彦根s 濠越しに西ノ丸を見る

佐和山城を下山したのち、彦根城のまわりをサイクリングする。
彦根城もオフ会のとき訪城したが、今回の目当ては小谷城の遺構という西ノ丸三重櫓
内堀をぐるっと巡ったのち城内に入ろうと思ったが
堀を巡っていくだけで見どころが多く過ぎてタイムアウトとなった。
 
佐和山城・彦根城ともに見どころが満載で、今回も完全制覇とはならなかった。
見れば見るほど、歩けば歩くほど、ドンドン深みにはまっていくのである…城歩きは。
by kuma
posted by うさくま at 13:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 近江の山城

2010年08月03日

奈良遷都1300年祭、平城京会場へ

あの角を生やした「せんとくん」で物議を醸した奈良遷都1300年祭、
ゆるキャラ流行のなかでせんとくんのグロテスクさは際立っていたが
世間とは勝手なもので、いまでは1300年祭の立派なカンバンキャラになっている。
あの物議はヒョットして広告代理店の陰謀ではなかったのか!?
そうであれば、なかなか鮮やかなツカミであったな、と感心してしまうところだ。

ま、そんな生臭いことはともかくとして、平城京会場へ行ってきた!
一番のお目当ては、十年の年月をかけて復元された大極殿である。

奈良-大極殿
やや大味ではあるが、重厚な雰囲気を漂わせる大極殿

かつて奈良に住んでいたとき、何度か平城京跡を訪ねたが
見渡す限りの野原で、その真ん中を近鉄電車が突っ走るという風景であった。
とはいえ、そのようななかに発掘成果を示す整地部分があり、
古代への想像力をかきたてるという楽しみ方もあった。  

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posted by うさくま at 18:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年08月01日

フーちゃんの個展を見に大阪へ。

旧友Nくんの奥さんフーちゃんが個展を開くというDMが届いた。
早速、同じく旧友の京都のHくん夫妻と誘い合わせて
画廊のある大阪難波へ出かけた。
 
個展DM葉書

フーちゃんの絵は魚をモチーフとしたものが多く
明るい色合いの世界ながら、深海を漂うかのような浮遊感が妙にアンニュイ、
額もオリジナルの手製とかで、絵とトテモよくマッチしていた。
作品群の中で、とくに心魅かれたのが
 
フーちゃん個展作品S

アルミ線と立体で作成した魚を組みあわせたオブジェ風のもの
無機質に輝くアルミの銀色とカラフルな色彩の魚が見事に融合して、
繰り返し、繰り返し見入ってしまった。
 
家紋や系図、戦国武将といった古式然とした世界に嵌まっているクマからみれば
フーちゃんの繊細でオリジナリティに溢れた世界は
なんとも煌びやかでミステリアス、久しぶりにいいモノを見させてもらった。
画廊を出たあとは、久しぶりの難波をブラリ
安い居酒屋で昔話に大盛り上がり!旧友って本当に素晴らしいものだ!
by kuma
posted by うさくま at 08:08| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記