2010年01月29日

八ヶ尾山に登る

昨年の暮れ、岩谷山に登って以来、なにやらマッタリと過ごしてきた。
某テレビ局のバラエティのネタによれば
運動をしないとカルシウムが無駄に体外へ流出してしまうという。
 
それはイカン!惚けっとしている場合ではないと久しぶりに山らしい山に登った。
ターゲットは、篠山北方の修験の山-多紀連山の東方に位置する八ヶ尾山で
山上には明智光秀の築かせた山城址があり、登山と山城探索、
文字通り一石二鳥の山登りとなった。
 
八尾-山麓祠 八尾-登る1 八尾-登る2
弁天様に祠より、岩だらけの尾根道をひたすら山上へ

山麓に祀られた弁天さまの祠横から取り付き雑木の山道を登る、
やがて道は不明瞭となるが、木々に付けられた赤いテープと
兵庫県警の文字の入った黄色いテープを道標に岩だらけの尾根を登り続ける。
天気は上々で要所で広がる眺望は抜群、
一月だというのに汗が噴き出してくる…
やがて思案岩を越え急斜面を登りきると山上に到着、
きれいに木々が伐採された山上には不思議な標識と二等三角点、
真新しい祠が祀られて、眺望は360度のパノラマ風景で、文字通り絶景だ。
 
八尾-山上
何故か四隅が削られた三角点越しに多紀連山を遠望

八尾-三岳
山上から小原方面を見下ろすように立つ祠越しに毘沙門山より櫃ヶ嶽の連山を遠望

八尾-雨石
遠く兵庫と大阪の県境をなす山々が遥かに見える 

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posted by うさくま at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 山歩き

2010年01月20日

JALの15段広告に怒る

日本航空(JAL)が、会社更生法を申請した。
負債総額は二兆三千億円超というとんでもない額で
事実上の倒産であろう。
ここに至るまでの理由はさまざまにあるだろうし
日本国民のほとんどが直接間接に被害を被る結果となった。
 
で、今朝の新聞を見ると
「JALは飛び続けます」というキャッチコピーが踊る
15段広告が掲載されていた。
 
JAL15段 
 
国民の税金をつぎ込んで再生への一歩を踏み出しながら
高い広告料金を使っての広告出稿、しかも更生法を申請した当日に。
おそらく、多くの人がいだくであろう不安を解消するためのものではあろうが
ほとんどの人々がJALは倒産しても仕方がないとおもっていたはずだ。
そのようななかで、広告出稿をするにしても、 「まず謝って、感謝しろ!」 と、
見ていて腹が立ったのは、わたしだけだろうか!
 
小沢氏の問題にしてもそうだが、
権力や保護構造から遠い一般国民だけが
苦しい生活を強いられている日本の社会構造はどないやねん!と
いまも、JALの15段広告を見て怒りを新たにしている!
by kuma
posted by うさくま at 14:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2010年01月19日

浅川マキさん死す

朝刊にアングラの女王と称された浅川マキさんの訃報が載っていた。
急性心不全とのことで享年67歳だった。

1970年、フォークソングブーム真っ只中の高校生のころ、
クラスは違ったが Decki という友人がいた。 
Decki は、お兄さんの影響もあって
寺山修司が主催する前衛劇団 「天井桟敷」
岡林信康、五つの赤い風船、遠藤賢治らのレコードを発売した
アングラレコード会社 「URCレコード」 など
超田舎生まれのクマにとって驚くような情報を持っていた。

あるとき、その Decki が 「いい歌手がいるで」 といって
聴かせてくれたのが 「浅川マキの世界」というLPレコードだった。

淺川マキ

「夜が明けたら」 で始まるそのレコードの歌曲は黒い色調にあふれ
田舎の高校生には重すぎるものだったが何やら大人の世界を感じさせた。
いまでも 「かもめ」 や 「赤い橋」 などの歌詞が
フッとしたおりにメロディとともに頭のなかでリフレインすることがある。

あれから40年近くが経ち、Decki と音信不通になって久しいが
元気にしているのだろうか…。
今朝、浅川マキさん死去のニュースを見て、
あの青臭くも懐かしい高校時代が鮮やかに蘇ってきた。 by kuma
 
posted by うさくま at 08:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2010年01月15日

青春18切符 豪雪の山陰へ

先週に続いてウサクマの青春18切符小旅行!
今回は、冬型の気圧配置によって大雪の予報が出ている
豊岡から浜坂、鳥取を経由して、智頭急行線を巡ってきた。


18鳥取-出発
夜明け前の電車で出発
 
18鳥取-豊岡駅
雪の豊岡駅 
 
18鳥取-日本海
雪景色と荒れる日本海、厳しい風景が続く

 
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posted by うさくま at 13:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年01月08日

青春18切符 敦賀へ

ウサが昨年購入した青春18切符で湖西から敦賀へ。
敦賀市街をチョコチョコと探索したのち、
小浜から舞鶴を巡る小さな旅を楽しんだ!


18敦賀-琵琶湖
琵琶湖を見る
 
18敦賀-雪景色
雪の湖西-マキノ

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posted by うさくま at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年01月06日

うさくまのキャラクタ

正月もアッというまに六日、
大晦日から元旦にかけての慌ただしさが過ぎ去ったあと
マッタリと腑抜状態で日々を過ごしている。
 
チラシの裏に来年の干支「卯」の図柄を
あ〜でもない、こ〜でもない、と落書しているうちに
うさくまのキャラクタを作ってみた。
 
うさくま-1
 
このキャラで、ガツーンと一山 と
いうことにはならないだろうが、
このキャラづくりを2010年の事始として、
クリエイティブな一年にして行こう! by kuma
posted by うさくま at 19:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年01月03日

栗柄不動さんの大護摩焚き

丹波篠山の旧西紀町栗柄は、
一つの谷に二つの谷中分水界がある全国でも珍しいところだ。
栗柄には「倶利伽藍不動明王」が祀られ、
地名はこの不動さんから生まれたものという。

この一年、多紀連山をはじめとして
白髪岳、夏栗山、弥十郎ヶ嶽など篠山盆地を囲む山々に登っている。
なかでも多紀連山(三岳)は修験道の山として知られたところで
盛時は多くの山伏(修験者)が修行に励んだと伝えられている。
三岳の修験道は筱見の四十八滝での水垢離をスタートとして
多紀連山のあちこちに散在する行場をめぐり
栗柄の不動の滝で水垢離したのち倶利伽藍不動明王に参拝して全行がなった。

栗柄-滝

その栗柄不動さんの祭礼が「大護摩焚き」で、
丹波修験者の方々によって、毎年一月三日、古式に則って行われている。
多紀連山に登り、三岳修験道の跡をたどるにつけ
栗柄不動さんの「大護摩焚き」は、見逃すことのできない祭りである。
調べたところ朝九時から行が始まり、点火は十時とのこと、
ウサと一緒に心躍らせて栗柄不動さんに行って来た。
戦前は大変な盛況であったというが、
参拝者のみなさんを見たところ、ほとんどが地元の人のようだ。

栗柄-幟

祭りの次第は不動の滝での祈祷、点火前のさまざまな儀式、
そして、広場の中央に拵えられた護摩への点火と続く。
火の点いた護摩からは白い煙がモクモクと湧き立ち、やがて一筋の炎となる。 
その間、丹波修験者の方々の読経の声が響き渡り、
なんともいえない荘厳な空気が漲ってくるのが分かる!
 
栗柄-煙
 
栗柄-炎

火勢がおさまると、火渡りの準備がなされ
まず、修験者の方が渡られたのち、参拝者の方々が渡られる。 
見方によれば宗教色の濃い祭りだが、 
どうしてどうして、素朴で雄渾!素晴らしい祭りである!
修験者の方々に高齢者が目立ったのが気になるところだが
これからも、ズーッと続けてほしいものと願っている。
来年も、見に行くぞ!! by kuma 
posted by うさくま at 18:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 篠山歩き

2010年01月01日

初日の出を拝する

初春の朝、外を見ると薄っすらと雪が積もっている。
pochiの相方Motさんの希望を入れて
Motさん、pochi、ウサと四人で初詣を兼ねて初日の出を見にいくことになった。
篠山界隈では白髪岳、西光寺山などが初日の出ポイントだろうが
アッサリと登れる盃ヶ岳に決定、雪道をおそるおそる山麓を目指した。 
 
初日-登る 

新聞の天気欄によれば、日の出は07:06とのこと。
東方の空は雲に覆われて、いささか不安が兆してくる… 

初日-待つ

やがて、雲が朱にそまり空は青みを帯び、光が溢ふれ出す
07:20、今年最初の太陽が雲の間に顔を現した。 

初日-出る 

その神々しさに思わず手を合わせ
健康で新年を迎えた喜びを感謝すると同時に
2010年が幸多き一年になることを願う。

この一年、どのような年になるのか…?
昨年より悪くはならないだろうが、油断は禁物! 
さて、初日の出のご利益はいかに? by kuma
写真撮影:Motさん
posted by うさくま at 18:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記